第312話 俺はパズルを飾りたい
散歩という名の買い物から帰ると、玄関で真っ先に葵が出迎えてくれた。
「おかえりなさいです!」
「ああ、ただいま。葵、それは?」
俺が手に持っているものを指差しながら聞くと、彼女は見せびらかすようにそれを高く掲げる。
「パズルです!もうすぐ完成するんですっ!」
確かによく見てみると、1000以上ものピースがハマる中、一つだけ何もハマっていない箇所があった。ピースに印刷された猫のちょうど目の部分だろうか。
もしかすると、葵は俺たちと一緒に完成の瞬間を見届けようと、残しておいてくれたのでは?と思ったが、現実にはそこまで感動のストーリーがある訳ではなかった。
葵は茜に視線を向けると、何かを求めるように手のひらを差し出す。そして。
「あかねちゃん、最後のピース持って行っちゃいましたよね?」
「……あっ」
彼女の言葉に、茜は思い出したようにポケットを探る。引っ張りだされたのは、確かにその空白にハマりそうなピースだった。
「あかねちゃん、このピースは自分が入れる!って言ったのに、それを持ったまま行っちゃうんですから……」
「悪かったよ、完成できるんだからいいだろ?」
「まあ、結果的にみんなで完成させられますから、いいんですけど」
葵はそう言うと、スキップ気味にリビングへと戻る。俺達もそれについて行き、机の上に置かれたパズルの前に立った。
「じゃあ、あかねちゃん。最後のピースをはめてください!」
「おう!」
ただ単に、決められた箇所に欠片を置くだけ。たったそれだけの作業なのに、妙に拳に力が入ってしまって、無意識に「頑張れ、茜!」なんて声をかけた。
彼女はそれに応えるようにピースを握りしめると、緊張した面持ちでその手を
パチッ
まるで元からひと繋がりだったかのように、枠の内にピッタリと納まった。
「完成です!」
どこから取り出したのか、小太鼓とうめき声を上げるニワトリのおもちゃを取り出して、ドンドンパフパフと喜びの舞を披露する葵。
心做しかおじさんのあくびみたいな声を発しているニワトリも嬉しそうに見えた。
一方茜は、完成したパズルの中の猫を眺めて、目をキラキラとさせている。
「か、かわいい……」
彼女の呟き通り、その猫はすごく可愛い。頭や背中は茶色で、顔やお腹は白色、耳はその猫らしいくつろぎ方に見合ってたらんとやる気なく垂れており、見ているだけでこちらまで眠くなってしまいそうになる。
目の前にあるのは静止画、でも、最後のピースがハマった途端、命が吹き込まれたかのように猫はリアルさを纏った。
まるで、枠の向こう側に居る猫を観察しているような、そんな気分になる。このパズルという平面の作品は、今いる場所と描かれたどこかとを繋ぐ窓のようなものなのだ。
そういう芸術作品だと思えて仕方がなかった。
「葵も茜もすごいぞ!お兄ちゃんは感動した!」
感極まった俺は、勢いのまま2人の頭を撫でまくり、それだけでは飽き足らず、小さな体2つを両腕で抱きしめた。
「えへへ、ぎゅーです♪」
「ちょ、兄貴!や、やめろって……」
素直に抱きつき返してくれる葵と、抵抗はするが満更でもなさそうな茜。正反対なように見えて、茜は葵よりも素直になるのが少し苦手なだけなのだ。
それを知っている俺にとって、彼女のツンツンした行動は癒し以外の何者でもなかった。
「よし!このパズルは我が家の家宝にしよう!末代まで語り継ぐぞ」
「し、市販のパズルをか?」
「そんなの関係ない!お前たちの努力が詰まってるんだ!このままで保存するには……」
そうだ!このままピッタリの袋に入れてしまえば、ひっくり返してもバラバラになったりしない!
俺は名案だとばかりにひとりで頷くと、その袋を探しに行くべく、パズルを持って歩き出した。だが、次の瞬間。
「……おわっ!?」
振り返った勢いで、次に踏んだカーペットがツルッと滑り、体を支えるはずの力が行方不明になった俺は、そのままバランスを崩して倒れてしまったのだ。
当然、まだ固定されていないパズルは、転んだ衝撃で四散。俺の手元に残ったのは、皮肉にも猫の目の部分だけだった。
そんな目で俺を見ないでくれ……。
「兄貴、大丈夫か?」
「あおにぃ、怪我してない?」
慌てて駆け寄ってきてくれる2人。葵はともかく、茜なら失敗に対してマシンガン文句を飛ばしてくると思っていただけに、この現実は意外だった。
「本当にどんくさいな、兄貴は」
「その通りです、気を付けないといつか体を痛めてしまいますよ?」
幼い2人からの説教は、可愛らしくも俺の心にグサグサと突き刺さってくる。肝に銘じておかなくては……。
「2人とも、パズルが壊れたこと、怒ってないのか?」
俺がほぼ空になった枠を見せながらそう言うと、2人は互いに顔を見合わせてケラケラと笑う。
「別にあたしはそもそも最後のピースしか入れてないからな。怒るも何も、そもそもこれに対して思い入れがねぇし」
「わたしは壊れても平気です!だって、バラバラになったということは、もう一度組み立てられるってことなんですから」
「それより、兄貴が怪我する方が問題だろ。明日のこともあるし」
「そうですよ?さなねぇのためにも、元気でいてもらわないとです!」
2人の温かい言葉に、俺は目頭が熱くなるのを感じる。彼女達は見た目こそ幼いけれど、中身は立派なレディーなんだな。
「ありがとうな、2人とも」
目を潤ませている頼りないお兄ちゃんを見せたくなくて、俺は彼女らを抱き寄せた。頭を撫でる手の指が髪の間を通る度、嬉しそうな声を漏らしてくれる。
「どういたしましてです!」
「ど、どういたしまして」
3人で身を寄せ合うこの空間は、冬なのにとても温かかった。兄妹の兄妹による兄妹のための防寒対策……なんて言えば聞こえはいいが、世のお兄ちゃんの中にはこの光景を羨ましがる人もいるだろうから、これ以上は控えておこう。
そう心の中で納得して2人から体を離すと、視界の端っこでガチャリと扉が開いた。入ってきたのは、少しお疲れ気味の早苗だ。
彼女は俺たちの姿を見つけると、むっと不満そうな顔をしてほっぺを膨らませる。
「みんなだけずるいっ!私も混ぜて!」
早苗はドスドスと足音を立てながら近付いてくる。俺は散らばったパズルのピースを拾い集めると、それらを目の前までやってきた彼女の手に乗せた。
「よし、復元作業に混ぜてやる!」
「混ぜて欲しいのはそこじゃないよっ!」
渾身のツッコミに、横から見ていた茜と葵は堪えきれずに笑い声を漏らす。さすがは早苗、小学生の人気者になれるぞ。
「仕方ないな、混ぜてやるから……」
俺も少し照れるが、2人分しかなかった腕のスペースを少しだけ広げて見せた。その直後、彼女は躊躇うことも無く飛び込んでくる。
「えへへ〜♪あおくん、大好きだよっ」
「っ……」
これほど真っ直ぐに好きだと言われれば、双子の前でも心がぐらついてしまう。かと言って、それを顔に出すわけにもいかず。
「明日、頑張れよ。応援してるから」
照れ隠しで全く別の話題を出すことしか出来なかった。
その日の夜は、早苗の頼みで髪を乾かしてやった。本来は混浴のお誘いだったのだが、それだけは勘弁して欲しいと伝えると、そこまで格下げしてくれたのだ。
「あおくんの手、大きいから乾かすの早いね」
「まあ、男だからな。早苗よりかは大きいと思うぞ」
「ふふっ、握っちゃおっかな〜♪」
「……乾かせないだろ」
甘えてくる彼女に手を焼きながらも、俺は明日の彼女へのエールを込めて、責任を持ってその綺麗な髪を乾かした。
……てかこいつ、犬並に毛量すごいな。毎日これを短時間で乾かしてるとすると……一体どんな技を使ってるんだろうか。
男子にはわかることの無い世界を、ちょっぴり垣間見た気がした。
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