第265話 俺は二面相女教師に乗っかられたい

「とりあえず、薫先生が会わせたかった相手というのは、二兎里のことでいいんですね?」

「ええ、そうよ」

 ひとまず二兎里をソファーに座らせ、少し離れたところで薫先生と小声で話をする。

 ちなみに、きちんと私服に着替えてきてもらった。下は緩めの部屋着って感じのズボンで、上は『No More 残業』と書かれたTシャツだ。少し教師界の闇を感じるのは俺だけだろうか。

「あの子、いい子だから私のことをよく気にかけてくれるの。それはいいんだけど……最近、『いつ結婚するんですか?』なんて聞かれちゃって」

「ああ、それで……」

 なるほど、薫先生は姪っ子である二兎里から嫌われている訳ではなく、むしろ懐かれているわけだ。

 おそらく、普段はだらしない薫先生が心配だった世話焼きな二兎里は、何らかのきっかけがあって薫先生の異性関係に目を向けた。

 女子校出身な上に、勤務先も女子校だった薫先生が現在一番気を許せる異性といえば、生徒という条件を除けば俺が最適だったと、そういうわけだ。

「関ヶ谷君を呼んだのは他でもない、二兎里ちゃんを止めて欲しいの」

「どうしてですか?薫先生が男性に慣れるいい機会じゃないですか」

 先生が学校で厳しい教師を演じているのは、扱い方がわからない男子生徒に舐められないためだ。

 つまり、男性との関わりが増えれば、自然と男子生徒とも接しやすくなって、ありのままの優しい薫先生でいられるようになる。

 それは先生自身も望んでいたことではないか。

「関ヶ谷君って意外と頭の中がお花畑なのね……。この場合、『男性』というのは関ヶ谷君のことなのよ?」

「……そうだった」

 二兎里のことが衝撃的すぎて、ついうっかりしていた。

 彼女の行動が薫先生のことを思ってのものだと言うのはわかっている。だからこそ、対象が俺でさえなければ応援してあげたくなるのだ。

 ただ、今回は対象が俺なので応援は絶対にできない。つまり、やめさせたい気持ちは俺も薫先生も同じというわけだ。

「わかりました、俺が何とかしましょう」

 唯一の救いと言えるのは、二兎里の行動が薫先生の意思に反していることだな。

 二兎里の行動原理は、あくまで『薫叔母さんを助けたい!』だ。つまり、そこは薫先生が強く否定すれば行動する理由が無くなるということ。

 上手く行けば、俺が手を貸すまでも無いかもしれないな。

「まだですか〜?待ちくたびれましたよ〜」

 痺れを切らした二兎里が、とうとうソファーから立ち上がってしまった。俺は薫先生に『話を合わせてくれ』と目線で伝えると、彼女はそれに対して首を縦に振る。理解してくれたらしい。

「とりあえず、二つ目の質問いいですか?あと2つは無料ですよね?」

 俺達が二兎里の座っているのと向かい合うように置かれているソファーに腰かけると、彼女もボスッという音を立てながら腰を下ろした。

「ああ、そうだ。まだ2つ、されど2つ。よく考えて質問するんだな」

 飛び跳ねるようにこちらに迫ってくる彼女に、あえて堅苦しい言葉を使って制止をかける。

 ここからは慎重に行かなくてはならない。相手は俺の付け入る隙があれば容赦なく突いてくるぞ。気を引き締めなければ……。

 俺は乾いた喉を潤そうと、薫先生が用意してくれたりんご牛乳なるものを口に含んだ。俺がりんごジュースを好きなのを知っていたのか、用意してくれていたらしい。

「そうですね……じゃあ、関ヶ谷さんは女の子とシたことあります?」

「ぶっ!?な、なんてこと聞くんだ!」

 彼女のあんまりな質問に、俺は思わず口の中のりんごジュースを吹き出した。……隣に座っていた薫先生に向かって。

「うぅ……またお風呂入らないとダメになっちゃった……」

「ご、ごめんなさい!すぐに拭きますから!」

 俺は慌ててハンカチを取り出すと、薫先生の服をポンポンとタッチするように拭いていく。

 原因が二兎里の発言とは言え、わざわざ薫先生の方を向いて吹き出してしまったのは俺だからな。シミでもついたら弁償物だ。

「顔にまでかけて……もう、ダメじゃない……」

 そう言われて顔を見上げれば、服だけでなく髪や顔にまでりんご牛乳がかかってしまっていた。これは風呂に入らないと匂いが取れないやつだな。

 俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、彼女のそんな姿を見て、頭の片隅でイケナイコトを考えてしまった。


 りんご牛乳と言うからにはもちろん白い液体だ。それが顔や服にベッタリとかかっている様は、どこからどう見ても……エロい。

 おまけにそれを舌でペロッなんてされたら、今の薫先生は、世の男をその気がなくてもその気にしてしまうくらいの破壊力を持ち得る。まさに歩く18禁コーナーだ。

「先生、お風呂で洗って来てください。俺は急いで服を洗―――――――――んん!?」

 俺が慌てて薫先生の肩を掴んだ瞬間だった。自分の意思に反してソファーへと倒された俺の体に、薫先生が覆い被さる勢いで乗っかってきたのだ。

「な、何してるんですか!?」

 よく見れば、薫先生の目がなんだかおかしい。虚ろで、焦点が合っていない。動いたわけでもないのに息が荒いし、頬も真っ赤に火照っていた。

「ま、まさか……!」

 薫先生の体を無理矢理押し返して向かい側のソファーに目をやる。すると、そこに座っている二兎里がニヤニヤしながら、怪しい瓶を揺らしているのが見えた。

「関ヶ谷くんに飲ませるつもりだったんですけど……その様子だと、これで正解だったみたいですね♪」

 やっぱり、彼女が手にしている瓶の中身は危ない薬だ。法的にアウトなやつではないが、本人の意思に関係なく飲ませたらアウトなやつだと言えば伝わるだろうか。

 おそらく俺と薫先生が話している間に、こっそりと数滴入れて置いたのだろう。容赦なく来る相手だとは思っていたが、まさかここまでだとは……。

「か、薫先生……しっかりしてください!教え子に手は出さないんじゃなかったんですか!」

 俺の叫びも届かず、薫先生の体はどんどん俺に密着していく。薬のせいで声が届いていないらしい。

 このままではこの場が18禁に……地上波で放送できない惨状になってしまう……。

 焦る俺に構わず、薫先生の顔までの距離はほんの数センチまで縮まっていた。彼女の吐息が俺の鼻先に触れる程の距離だ。

 ここで諦めれば、先生の行動はどんどんエスカレートしていくだろう。当たり前だが、この様子だとキスだけで許してはくれなさそうだ。


 俺も一度あのりんご牛乳を口に含んだからか、少しずつ頭がぼーっとしてきていた。きっと薫先生と同じ症状だろう。

 抵抗できる最後のチャンスは、恐らくここしかない。それが内側から込み上げてくる火照りから察せられた。


 ……ごめんなさい、薫先生!


 俺は心の中で薫先生に謝ると、ギリギリ手の届く範囲にあったテレビのリモコンを握りしめる。そして―――――――――――。

「薫先生を殺して俺も死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!」

 思いっきり先生のこめかみを殴打。直後、自分の脳天も全力で殴った。

 ただでさえフラフラとしていた意識が、この一撃で吹き飛び、抜け殻となったふたつの体がソファーから転げ落ちる。


 ……これで、助かっ、た……よな?


 最後の最後まで残っていた意識の中に、「しぶといですね、関ヶ谷さんは」とつぶやく声が聞こえた。

 なんとか二兎里の野望を阻止することが出来た安堵感に包まれるように、俺の意識はそこでプツリと途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る