第199話 俺は幼馴染ちゃんの恋路を邪魔したい
金曜日の放課後、1週間頑張った達成感と少しばかりの疲労を肩に感じつつ、カバンを肩にかけて早苗の元へと向かう。
「早苗、帰るぞ」
そう声をかけると、彼女は珍しく「少し用事があるから待ってて!」と教室を飛び出していった。俺が用事で待たせることはあっても、彼女のほうがというのはあまりなかったのに。
「早苗ちゃんの用事、気になってます?」
突然脇腹をつつかれ、反射的にその方向へと顔を向ける。
「なんだ、ただの結城か」
「『ただの』とはなんですか。所詮わっちは普通の結城ちゃんですよ」
さすがに言い方が冷たすぎたか。地味に痛む脇腹の仕返しにと思ったんだが、そっぽを向かれてしまった。
「悪かった、お前は立派な結城ちゃんだよ」
「立派では無いですけどね。まあ、褒められて悪い気はしません」
どうやら機嫌を治してくれたみたいだ。正直ちょろすぎやしないか?
「で、何の用だ?わざわざ来たってことは、何か言いたいことでもあるんじゃないのか?」
結城がこちらに来るのは、結構珍しいことだもんな。普段なら放課後は家か部室にダッシュのはずだし。
「もしかして、また勧誘か?どんな儀式かは知らんが、オカ研に入るつもりは無いぞ?」
「違いますよ、早苗ちゃんのことです」
「早苗のこと?」
俺の問い返しに、彼女はゆっくりと頷いた。そして俺の耳に口を寄せると、俺にしか聞こえないような声で囁く。
「わっち、聞いちゃったんです」
「聞いたって何を?」
「決まってるじゃないですか。早苗ちゃんの用事についてですよ」
「……」
噂になって結城の耳に入るほどの用事ってことか?それはそれなりに重要なものっぽいが、それと俺とがなんの関係があるんだ?
「わっちもはっきりと聞いたわけじゃないんですけど、確か『告白』がどうとか言ってましたね」
早苗が告白?いや、逆か。早苗に告白……つまり、どこぞの男があいつにラブレターでも送ったってことか?
「……まあ、あいつももう立派なレディだ。そういうこともあるだろ」
そう、こんなこと俺が関与することじゃない。告白されるのは誰だって嬉しいことだ。彼女がOKをするにしても断るにしても、俺は幼馴染として、一番の理解者としてそれを拍手してやる義務がある。
「そんなこと言って、気になってるんじゃありません?既に足が扉の方に向いてますけど……」
「い、いや、そんなことないぞ?そ、そうだ!麦さんにLINE変えしとかないとな……」
前にアカウントを教えてもらってから、結局追加しないままだったのだが、この前会った時に今後の状況を話すために交換しておいたのだ。
スマホを開いてみれば、『今のところお母さんは信じてくれてるわ』と送られてきていた。俺はそれに対して『それならよかったです』と―――――――――。
「早苗ちゃん、付き合っちゃうかもしれませんよ?」
「ぶっ!?」
結城の言葉に思わず吹き出してしまった。早苗が他の男と付き合うって……ま、まさかな……。
「ああ、画面に唾が……拭かないと……」
「拭いてるの、画面じゃなくて机ですけど。やっぱり気にしてるんじゃないですか」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事だな。だって、本当はとてつもなく気にしているから。今すぐにでも自分の目で確認しに行きたい程に。
「だってあいつ気弱だし、強気にこられたら断れないかもしれないだろ?断って叩かれるかもしれないし、大事な幼馴染だから……」
「なら、見に行けばいいじゃないですか。見に行って、何も起こらなかったら知らないふりをして戻ってきましょうよ」
確かにその作戦なら一番平和かもしれない。とりあえず相手がどんな男かだけでも確認したいし……。
「前は魅音との作戦でしたけど、今度の相手は本物の男ですからね。気を引き締めていきましょう」
「懐かしい話をするんだな。てか、お前も俺を騙す側だったろ」
「……てへっ♪」
可愛こぶっても無駄だ。まあ、あれもいい思い出といえばいい思い出だし、騙された俺も抜けていたんだろうな。
でも結城、覚えておけよ。騙していいのは、騙される覚悟のあるやつだけなんだからな。今度、ドッキリでもしかけてやるとするか。
「場所はここのはずです」
結城に案内されて来たのは、体育館裏の人目の付かない場所。ここに来る男女の9割は告白をしていそうな、いかにもな雰囲気があるな。
そして早苗とどこぞの馬の骨もまた、その雰囲気に取り込まれていた。
「ネクタイの色が青……ってことは3年生か?」
相手がまさかの上級生だとは。ただ、あのスタイルの良さと整った顔立ち……どこかで見たような気がする。
「あれ、バスケ部の主将じゃないですか?名前は確か、
結城の言葉にああ、そうだったと頷く。その高身長とジャンプ力でバンバンゴールを決めていく、バスケ部の主将でエースの鷹飛先輩だ。
そこらの女子なら、あんなイケメンに見下ろされただけで恋に落ちるだろうな。男の俺でもあのオーラにはドキッとするし。……ホモじゃないぞ?
「小森さん、聞いてくれてる?デートの話だけど……」
「は、はい!ちゃんと聞いてます!私としては映画か買い物でいいと思うんですが……先輩はどうですか?」
「ああ、それでいいと思うよ」
ここからでも二人の会話が少しだけ聞こえてきた。デートだとか買い物だとか、予定を立てているんだろうか。
「あれは確定ですね。もう二人は付き合っちゃったんじゃないですか?」
「そ、そんな……」
そんなはずはない。そう言い切りたかったが、どうしてもそれが出来なかった。だって、早苗の表情がとてもにこやかだったから。
仲のいい人にしか見せないようなキラキラとした笑顔。とても二人の関係が知り合い程度だとは思えなかった。
俺の頭の中に、先程の結城の言葉が流れてくる。
『今度の相手は本物の男ですからね。気を引き締めていきましょう』
そう、今回は演技や騙しではなく、紛れもない本物なのだ。そして早苗は今、イケメンに取られてしまいそうになっている。
『イケメンに負けていいのか?』
脳内の俺がそう語りかけてきた。そうだ、イケメンに負けてはいけないのだ。
『イケメンに幼馴染を取られて悔しくないのか?』
悔しい、とてつもなく悔しい。相手がイケメンなところが更に悔しい!
『そうだ、大切な幼馴染を取り返せ!行くんだ、俺!』
脳内碧斗の叫びに突き動かされた俺は、身を潜めていた場所から飛び出すと、鷹飛先輩に向かって走った。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
昔テレビでやっていたカップル成立番組さながらの『待った』を叫んだ俺は、先輩の目の前で急ブレーキをかけると、そのままの勢いで彼をビシッと指差す。
「鷹飛先輩、俺と勝負してください!」
「き、君は……」
突然のことに彼は驚いた顔をするが、俺は構わずに続けた。
「どちらが早苗にふさわしい男か、はっきりさせましょう!」
これで負けたら潔く身を引くつもりだ。そこで気持ちはリセット。ただの普通の幼馴染として、普通に接していく。
でも、負けるまでは俺は彼女の一番近くにいる男だ。例えバスケ部の主将でも、高身長イケメンでも、俺は大事な幼馴染を譲るつもりは無い!
「あ、あおくん……急にどうしたの?」
「早苗は下がっていてくれ。これから男同士の負けられない勝負なんだ」
俺はそう言うと、視界のど真ん中に鷹飛先輩を捉える。例えどんな勝負をしたところで、勝率は一割以下だろう。でも、ミリでも可能性があるのなら、あとは気持ちで何とかできる。
これは能力の勝負じゃない。どれだけ早苗を大事に思っているかの戦いなのだから。
「先輩、戦ってください!」
鷹飛先輩は俺の言葉に「ふっ」と笑うと、そのまま両手を上げて言った。
「その必要は無いと思うよ。だって僕の負けだからさ、関ヶ谷 碧斗くん」
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