第167話 金髪ギャルさんは(偽)彼女さんに相談したい

 テスト三日前の放課後。HRが終わった直後、私は意を決してあやっちに声をかけた。

「どうかしたの?」

「その、相談に乗ってもらいたくて……ちょっと時間いい?」

 私が申し訳ない気持ちを込めながらそう言うと、彼女は少し驚いたような顔をした。私から相談をすることなんて、今までほとんどなかったからだと思う。悩みとは無縁!って感じのキャラで過ごしてるから、いくらあやっちでもこの反応になるであろうことは、私にも予想が出来ていた。

「ええ、構わないわ。あなたのためだもの、いくらでも時間をとるわよ」

 あやっちは私の真剣な気持ちを察してくれたのか、そう言って頷くと、近くにあったイスを動かして座るように言ってくれる。私が腰を下ろすと、彼女も向かい合うように腰掛けた。

 こんな気配りができるところも、あやっちのいいところだ。だからこそ誰にでも好かれる。そして関ヶ谷 碧斗といういい人に出会い、幸せな彼氏彼女生活を送っているのだ。でも、私は……。

「あやっち、好きな人ってどうやって作るの?」

「……え?」

 声を漏らす彼女の表情は、まるで「そんなこと?」と言っているようだった。確かに一般的な目で見ればその反応になるかもしれないけど、私にとっては深刻な悩みなのだ。

「私、人を好きになったことないんだよね……」

 ポロッとこぼれるように言葉が出た。でも、それが一番口にしたいものだった。

「私、男の子に優しくされてもなんとも思えないんだよね〜」

 もちろん嬉しいとは思う。けど、それは『男と女』としてではなく、『人間と人間』としての嬉しさでしかなくて……。夢見る少女漫画のように風が吹いたり、ドキッとしたりなんてことは一度も経験したことがなかった。

「優しくされると、どこか裏があるんじゃないかって考えちゃう……」

 多分、中学の時の印象がまだ抜けきっていないのだろう。黒髪で地味だった頃の自分から見える、全く別の生き物だった『男の子』。あおっちと出会ってから少しは変わったと思ったんだけどなぁ……。

「それなのに……」

 ただただ聞き手に回ってくれているあやっちに、私は悩みの根源を打ち明ける。

「私、告白されるかもしれない」

 それはモテモテ女子の自慢でも、自意識過剰野郎の自惚れでもない。確証はないけど確信はある、確かな女の勘だった。

「それってどういう……」

 さすがのあやっちも少し困惑しているようだ。いきなりこんなことを言われたのだから仕方ない。

「私を好きかもしれない男の子が1人いるの。告白されたらどうしようって相談で……」

 文字面だけ見れば馬鹿な女の妄想。でも、あやっちは顎に手を当てて首を捻り、真剣に考えてくれているようだった。

「どうしてそう思ったのかしら。何かそう感じた理由はあるのよね?」

 彼女の言葉に私は頷いて見せる。

「何度もデートに誘われたこと……かな。映画とかカラオケとか、いつも2人きりで」

 大抵は断ったけど、何度かはOKした。そうすれば満足してくれると思ったから。でも、あの人はそれからも何度も誘ってきて……。

「あなたはそれが嫌だったの?」

 そう聞かれて、私は首を横に振った。

「嫌ではなかったかな、嬉しくなかっただけ」

 そう、誰にされても同じ反応をする。私にとってはただそれだけなんだよね。

「もちろん、あやっちとあおっちのイチャイチャを見ると羨ましくは感じるんだよ?でも、誰とそうなりたいかって聞かれると、誰の顔も浮かばない……」

 周りの女の子が「○○君ってよくない?」なんて言ってきても、それに共感できたことがない。共感できないけど、しないといけない気がして「確かに!」なんて上辺だけの共感をしてばかり。その度に私は今のように頭を抱えていたのだ。

「誰も好きになれない私は、告白されてなんて答えればいいのかな……」

 好きになれないから断るべきなのか、それとも誰も好きになれないならとOKしてしまうべきなのか。

 どちらをとっても結果的には相手を傷つけることになってしまいそうで、私はそれが酷く恐ろしかった。好きになった人に振られることのショックさえ、私には何かで計れるものではなかったから。

「どうすれば……」

 もはや私は、自分で答えを出すことすら出来なくなっていた。




「どうすれば……」

 目の前の彼女は真剣に悩んでいる。人を好きになれない自分は、誰かの好きを受け止めてもいいのかと。でも、私の中で答えは既に出ていた。

「バッサリと断ればいいんじゃないかしら」

「……どうして?」

「だって私もあなたと同じだもの」

 私のその一言に、唯奈は目を丸くした。同じと言っても彼女のように悩んでいたわけではない。でも。

「正直に言うと私、碧斗くんと付き合った時は彼のことが好きではなかったの」

 そう、思い出すのは彼と偽恋人になったあの日。私が偽彼氏になってと頼んだあの瞬間は確かに、私にとって彼はいいように使われてくれる『人間』でしか無かった。

「あの時はコロ助達が私の『彼氏なんて居ない』って言葉を信じてくれなかったから、いっその事偽彼氏を作った方が……って思ったのよ」

「ふふふ、あやっちらしい思い切った行動だね〜」

 唯奈は一瞬微笑みを見せるが、それはすぐに疑問を抱えたものへと変わった。

「でも、今は好きなんでしょ?」

「ええ、大好きよ」

 これだけは間違いない。私は関ヶ谷 碧斗が大好きだ。

「彼と出会うまでは私、誰に告白されても何とも思わなかったわ。むしろ鬱陶しいとまで思うこともあったもの」

 ラブレターも紙切れ同然。デートのお誘いも例外なく全部断った。それ程までに彼氏という存在を拒絶してきた私なのに、彼にだけは自分からデートに誘ってしまった。

「私の碧斗くんへの気持ちがゼロから100になったんだもの。好きじゃない人と付き合って幸せになる可能性も十分にあるわ。逆もまた然りね」

 私は思う。唯奈は誰も好きになれないんじゃない。私にとっての碧斗くんを……乙女語で言うところの運命の人にまだで会えていないだけ。きっと背中合わせで産み落とされた大切に思える人と、いつか出会えるはずだから……。

「恋心なんてものはしっかり掴んでいても、指を開けばそこに何も無い。いつの間にか見つけて、いつの間にか落としていくものである……ってどこかの偉い人が言ってたわよ」

 私のドヤ顔を見た唯奈は「誰それ」と呟くと、堪えられないというふうに笑いをこぼした。……やっとちゃんと笑ってくれた。

「あなたは少し深く考えすぎたのね。好きじゃないけど付き合うは悪だけれど、好きになりたいから付き合うは別にいいのよ。恋なんていつでも探さないと見つからないものだもの」

 我ながらいい感じに言えた気がする。気のせいかしら。

「やっぱりあやっちは頼りになるね〜♪よし、告白されたらされたで、その時に考えることにする!」

 彼女のその宣言を聞いて、私はホッとため息をついた。やっぱり落ち込んでいる彼女よりも、こうやって元気な彼女の方が私は好きだ。

「ええ、応援してるわよ」

 こうして彼女の悩みは晴れたのである。なんてナレーションをつけたら上手くまとまるかしら?



 -笹倉さんの脳内日記-

 家に帰ってから、私は碧斗くんに電話をかけました。3コール目で出てくれた彼に、「碧斗くん、愛してるわ」といきなり言ったら、すごく照れた感じで「ありがとう」って返してくれました。

 初めて好きになった人だし、彼以外好きになる気もないので、この恋心に全力で向き合っていこうと改めて思いました。

 犬系幼馴染――――――――――倒すべし!

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