第二章
プロローグ
深夜。
見上げれば、仄かに瞬く小さな星々の煌めきが、僕を包み込むような錯覚を覚える。
もちろん、それは気のせいだ。
街の中にあるこの高校の屋上から見える星空なんて、人工の灯りのせいでまともに見えることはありはしない。
つまり、僕がそう思ったのは、完全な現実逃避であり、早く今の状況が終わらないかなあと、そんなどうでもいい事を考えていたにすぎないのだ。
『――こちら、
骨伝導式のイヤホンから、冷静な声が僕に状況を伝えてきた。
「え、マジで? 太田達はどうしたの?」
見上げていた空から目線を戻す。屋上にぽつんと立っている僕は、傍らに置いていた細長い袋を掴みながら、イヤホンの声に耳を傾ける。
『残念ながら、仕留め損なったようだ。ターゲットは、逃走中。手負いながら、まだHPには余裕がありそうだ』
「了解。じゃあ、僕の出番だね」
『ああ――健闘を祈る』
袋から取り出した獲物を構える。見据えるは、屋上へと出てくる入口。ガン! ガン! とあちこちの壁にぶつかっているのだろう、鈍い音を立てながら《ソレ》は近づいてくる。
背中に背負った矢筒から、一本の矢を取り出す。
なんてことない、それは手作りの矢だ。僕が、数年前今は亡き爺ちゃんと一緒に作った、ありふれた精度の悪い素人の作った只の矢。
だが、しかし。
「【ララーシャが付与したるは、白き輝く魔法の矢】」
僕が教えられた呟きと共に矢に指を滑らせると、ぼぉっと矢じりから白い光が溢れだす。
深夜の校舎の屋上。
月の光も星の瞬きすらも満足に届かない、そんな暗闇に立つ僕の姿を異常の光が浮かび上がらせる。
暴力的に壁にぶつかる音が徐々に屋上に近づいてくる。屋上への扉には一応鍵をかけておいた。
だけど、それはきっと無駄に終わるだろう。
あんなに激しい音を立てているのだ。扉は無残に破壊されるに違いない。
ギリギリと弓を引く音が、心臓の鼓動とセッションしている感じがする。
なんとなく、空を見上げた。あともう少しで満月になる。そんな感じの月が輝いている。その色は、いつも見慣れている何かを連想させて――
「……ああ、江藤さんの髪の色なんだ」
金色の、優しい、ふわりと舞い上がる綺麗な髪の毛。
「江藤さんに会いたいな」
僕の小さな呟きは、その直後の屋上への扉が破壊された音にかき消された。
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