蛇足という名のエピローグ ~真木真理愛

 文化祭翌日の朝、アタシは学校に到着早々、エルちゃんにつかまって教室外のベランダに連れていかれた。


「真理愛ちゃん真理愛ちゃん、どうしようどうしよう、弓塚君が格好良すぎて顔がまともに見れません!」


「どうどう、落ち着いてエルちゃん、一体何が……って、昨日の事しかないわよね……」


 はぁと深いため息をつく。完全に恋する乙女な表情で、アタシの両手を握りしめてくるエルちゃんの様子は、慌ててはいるものの凄く嬉しそうな表情をしていた。


 まあ、確かに昨日の弓塚の活躍には目を見張るものがあったわ。


 まさか、あんな特技があったなんて思いもしなかった。実際、あの後他のクラスの女子から弓塚の事を聞かれたりもしちゃったし。


 最後の矢を打つところなんか、今日も話題になってるらしい。


 エルちゃんが、そんな弓塚に対して、再び乙女モードになるのも分からなくは……ないんだけども……。


 けどねえ……?


「真理愛ちゃん真理愛ちゃん」と興奮しているエルちゃんをなだめつつ、教室の中を覗き見る。そこには、件の弓塚が太田や菊池達とちょうど弓の話題で盛り上がっていた。


「それにしても、昨日は冗談抜きで凄かったよなあ、弓塚」


「まさか、あれほどとは思いもしなかったぜ」


「太田のホームラン級のボールの速度、完全に見極めてたよな」


「はっはっは、もっと褒めてくれてもいいよ。今日から、ラブコメ主人公だからね。特技の一つは必要だよね」


「今日から……?」


「また頭の悪い妄想が始まった」


「菊池、今の僕はブッダを超えて慈悲深い。そのことに感謝するんだね」


「いよいよもって、頭がお失くなりになったか?」


「ははは、こやつ屋上から遠距離で眉間を撃ち抜いてやろうか」


「慈悲浅いじゃん、相当浅いじゃん」


 聞いてるだけで知能指数が減っていく気がするような会話だわ。


「それよりも、弓塚。部活をやってる俺らからすると、お前が帰宅部やってるのはすっげえ勿体ないって思うわけよ。アーチェリー部とか弓道部とかあるじゃねえか。入ろうとは思わねえのか?」


 太田が、弓塚に問いかける。その質問に、弓塚の眉が下がったのが見えたわ。


「あー、部活ねえ……。僕のあの弓って、爺ちゃんと一緒に作った自作品なんだよね。それに、爺ちゃんも、弓道とか武道とかぜんぜん縁のなかった生活だったよ」


「つまり?」


「あまりにも、独自色が強くて、アーチェリーにも弓道にもまったく活かせませんでした」


「その言い方だと試したのか?」


「うん、一年生の時体験入部してみたんだ。アーチェリー部では『変に癖がつきまくってて矯正するのは不可能』って言われたし、弓道部はその、えーと」


「何だよ」


「もったいぶるなあ」


「えー……二度と来るなと追い出されました」


「……」「……」


「弓道という道を進む前に、まずは人の道まで戻ってこい、とか言われた覚えが」


 そこは、てへへと恥ずかしがるところじゃないと思うわ。


「おい菊池、やべえぞコイツ」


「ああ、そういや、スポーツマンシップがわかりませんとか真顔で言うヤツだったな、弓塚は」


「何やらかしたんだお前は、弓道部で」


「弓道部の顧問って、確か『千葉仙人』だろ? あの怒った顔を誰も見たことが無いって言う」


「怒ると、額に血管がめっちゃ浮き出て気持ち悪かったよ」


「本当に何やったんだお前は!?」「ていうか、聞くのが怖ぇよ!」


 ……やっぱり、このエルちゃんをそのままにしておくのは大問題じゃないかしら?


「真理愛ちゃんー聞いてますかー」と手を引っ張ってくるエルちゃんをあしらいながら、アタシはこの不安を解消すべく、今日の昼休みに例のアレを実行することを決意した。


 さてと、まずは女子全員に伝えなきゃね。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 お昼休みが終わって、授業開始のチャイムが流れ始めた。

 と言っても、今日は一日文化祭の後片付けなので、アタシ達も喫茶店を元通りの教室に戻すべく色々と奮闘してるところ。


 エルちゃんは、前回と同じく弓塚の過去のある事ある事を話しているうちに、自然と浄化されていったわ。


 今も、「サボってないでしっかり掃除しましょう弓塚君。元気ないですよ、どうしたんですか?」って弓塚に天然追加ダメージを与えていて見ていて非常に楽しいです。


 時々弓塚が恨めし気にこっち見てくるんだけど、アタシ悪くない。


 そういえば、お昼休みの終わりかけに弓塚を紹介して欲しいって子が何人か来たけれど、丁寧にお断りしたのを思い出した。


 ……何て言うか、弓塚がエルちゃん以外にうつつを抜かすのは許せないと思うのよね。もちろん、弓塚がエルちゃんと青春を謳歌しようとするなら全力で阻止するけども。


 うちの子にはまだ早い。


 けれど、いつかはエルちゃんの隣にも、アタシが認めた男子が寄り添うのかも知れない。

 それは、とても想像もできないことだ。


「一体誰になるんでしょうねぇ……」


 そんな事を呟いていると、遠藤がやってきた。手には、一枚の用紙を握っている。


「真木、調理で使った品名と金額のリストができた。問題ないか確認して欲しい」


「もうできたんだ? 遠藤悪いわね、代わりにやってもらって」


「問題ない。真木には、裏方を頑張ってもらった。このくらい気にしないで」


 ふんふんとリストを確認していく。追加で作成した焼き菓子の分量もちゃんと計算されている。


「これでオーケーよ。後は、このリストはどうすればいいんだっけ」


「先生に名前のサインと印鑑貰って、生徒会に提出すればいい」


「じゃあ、それはアタシがやっておくわね」


「うん」


 用紙をもらって、先生を探そうと教室を眺める。ここにはいないみたい。


「どこに行ったのかしら」


「真木さん、どうしたの?」


 箒片手に弓塚が尋ねてくる。どうやら、チリトリ持ったエルちゃんと一緒に掃除してたみたい。


「先生探してるのよ、どこに行ったのか知らない?」


「森川先生なら、ゴミ捨てに行くって出てったぞ」


 アキラが、部屋を大きく仕切っていたカーテンを片付けながら、教えてくれた。


「まだ、ゴミ捨て場あたりにいるんじゃないか」


「ゴミ捨て場なら生徒会室に近いし、そのまま持って行けるわね。ちょっと行ってくるわ」


 みんなに断って、ゴミ捨て場へと歩いていく。校舎の中はざわついていて文化祭の残り香が消えるのはまだまだ先みたいだった。


「先生は……と、いたいた」


 ゴミ捨て場に辿り着くと、先生がゴミ箱片手にタバコをふかしていた。


「先生……サボりですか?」


 少々ジト目になったのは仕方ない。


「なんだ、真木か。驚かすな、ゴミ捨てだよゴミ捨て」


 生徒に喫煙でサボっているのを見られても、全然動揺してないのが、うちの担任らしい。


「俺を探してたのか? ああ、そのリストか」


「サインと印鑑ください。このまま生徒会室に持って行きます」


「……俺の印鑑持ってきてるのは用意いいな」


「効率が良くていいですよね」


「……まあいい」


 ポケットからボールペンを取り出した先生から、サインと印鑑をもらう。


「ありがとうございます。じゃあ、生徒会室に行ってきますね」


「ああ、俺はもう少しゴミ捨てしてるから、みんなにはそう言っておいてくれ」


 ヒラヒラと手を振られる。


 ふと何となく思い付きで先生に尋ねる。


「先生、ゴミ捨て場にサボりに来てる……ように見せて、実は別の用事があったり?」


「ほう、例えば?」


 タバコをふかしながら、興味深そうな目で返される。思い付きだったので、そのまま適当に現実味がない内容で答えてみた。


「逢引とか? 金髪外国人のお姉さんとかだったら面白そうですね」


 そのとたん、先生がゲッホゲッホと咳き込みだした。

 思わず、距離をとってしまう。


「汚いですよ」


「すまん、すまん」


 咳き込みを続けながら、先生が言う。


「ゲホ、あんまり先生をからかうもんじゃない。さっさと生徒会室に行ってこい」


「はいはい」


 咳き込み方が少しワザとらしい気がしたけれど、アタシはそのまま生徒会室に行くことにした。用事は手早く済ませましょう。


 歩きながら、もう一度内容をチェックする。


 品名……オーケー。金額……オーケー。


「印鑑も……問題なし」


 最後に、サインを確認する。たまに、読めないような文字を書く人もいるので、ここは一応念のために。


「名前、名前……」


 アタシは、先生の名前を読んで確認を終えた。




「……吾、と」



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