バレバレですエルフさん
「大変反省しております」「すみませんでした」
クラスメイトに謝っているのは太田と菊池である。熱くなりすぎて当初の目的を忘れそうになっていたのだから、仕方ない。
「弓塚がどうにかしてくれたから良かったものの、あんた達いい加減筋肉で物事考えるのやめなさい。いい? 人間は、考えるという作業は脳でおこなうのよ。もっと人類に近づきなさい」
真木さんの言い方がひどい。まあ、反省はしているみたいだからいいだろう。明日になったら、忘れていそうな気もするけど。
今は、放課後である。文化祭は、あの後何事もなく無事に終了した。
午後からは、江藤さんがエルフ衣装そのままでメイド喫茶を手伝ってくれたため、お客の列が途切れる事はなかった。池上フランソワーズと八草、そして江藤さんという三人が揃ってしまうと、お客の目はそこに釘付けだった。お陰で、僕は楽に過ごせました。けっして、三人に嫉妬したわけではない。
片付けは、明日行うことにした。文化祭に力を入れている学校なので、片付けにも一日時間が与えられているのである。
なので、喫茶店の状態のまま、僕達はテーブルに並べられている真木さん主導で作られた料理の数々に舌鼓を打っていた。いわゆる打ち上げである。
「幸せ……」「脳がとろけるぅ……」「ママの優しさに溢れた甘みがする……」「疲れた体と頭に効くぅ……」
デザートに溺れている女子の群れは、しばらく快楽の海から帰ってきそうにない。テーブルにぐでぐでになりながら、スプーンを咥えている。
教室の隅では、メイド姿も完璧な金髪の池上フランソワーズがいた。何人かの男子が取り囲む中、眼鏡をキラリと光らせ、倉田が呟いた。
「よし、池上フランソワーズ、やれ」
「了解しました」
池上フランソワーズが、メイド服の腰に巻いていたベルトについているボタンのような突起を軽く右手で叩く。そのとたん、ベルトからいかにも特撮モノでよく聞くような電子音声が流れる。
『タイプ・フランシス、キャスト・オフ』
ぎゅわんぎゅわん音が鳴り響く中、池上フランソワーズが金髪のウィッグを自分の手でつかみ――流れるようにウィッグが外された。
「やった! 成功だ!」「やっぱり、フランソワーズのような疑似人格ができるくらいに池上は暗示にホイホイかかりやすいんじゃないかっていう仮説は当たりだったな!」「池上が意図せずフランソワーズになってしまうんじゃなくて、変身ヒーローみたく条件付けで変わるという風に納得させれば、元に戻すのも容易になるはずという倉田の思い付きはすげえな!」「この変身デバイスの完成度も高いしな」「だれが作ったんだ、これ」「大宅間が作った。一晩でやってくれました」「さすが、特撮オタク」「無駄にデザインが良すぎる……」
少年の心を持った男子勢が盛り上がっている。池上はどこへいこうというのか。面白いから、このまま放置していよう。
遠藤さんや宮原さん、八草達も、料理を食べながら楽しそうに話している。
何となく風に当たりたくなった僕は、ジュース片手にベランダに出た。薄暗くなった校庭に、校舎のあちこちの灯りがほのかに届いている。ハロウィンコスプレコンテストが開催されていた辺りには、まだステージが片付け途中のままで残っていた。
「なんとか……やれたかな」
右手を握りしめる。
うまくいくとは思わなかった。でも、うまくやるしかなかった。そして、とりあえず何とかなった。全部が綺麗にいったわけではないが、まあいいのではないだろうか。
そんなことを考えていると、隣に誰かが立った。
「隣、いいですか?」
「隣は、江藤さん専用で空けてるからいつでもいいよ」
僕の『決まり台詞』を華麗にスルーして、江藤さんはベランダから外を見つめた。
「ステージまだ片付いてないね」
「うん、結構大がかりな造りだったからね。明日も結構かかるんじゃないかな」
「そうですね」
しばらく無言で校庭を見つめる。残り少なくなったジュースを口に含んでいると、江藤さんが呟いた。
「今日は、ありがとう。ううん、今日もありがとう、だったね」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「弓塚君はそう言うと思った」
江藤さんがクスリと笑う。
「だけど言わせてほしいの。ありがとう。弓塚君のおかげで、私は……まだ私でいられるから」
「江藤さんは、江藤さんだよ。たとえ、何かが変わったとしても、僕にとっては、江藤さんであることには違いないよ」
エルフであることを隠していても、その秘密を明かしてくれても。どちらも、江藤さんだ。僕にとっては、どちらでもいい。
「……そうなんだ」
江藤さんは、ベランダに身を乗り出してその表情を隠すように遠くを見た。
「ふーん、そうなんだ」
そんなことを小さく呟いた。
「そういえば、今日の弓塚君は凄かったよ」
顔をこちらに向けて笑う江藤さん。その笑顔にドキリとする。
「あんなに弓が使えるなんてビックリした……恰好よかったよ?」
「え、やっぱり? いやあ、ほら、弓であんなに小さなボールを撃ち落とすなんて普通できないもんね。あれが格好良くないというなら、何が格好いいかって話だよね?」
「あー。えーと。やっぱり、弓塚君は凄いなあ」
「待って、江藤さん。その言い方、絶対なんか含みあるよね?」
僕の慌てた声に、江藤さんが吹き出す。
「うそうそ。うん、本当に恰好よかったです」
「江藤さんに褒めてもらえるなんて、今日の僕は報われたよ」
「……私は?」
江藤さんが、ベランダに身を乗り出していた姿勢から、僕の隣に立つように近寄ってきた。
「今日の『私』は……どうですか? 褒めてくれるかな?」
江藤さんが少し頬を染めて、そんな事を聞いてくる。エルフの象徴である長耳が、金髪の髪から覗いている。若草色のドレスは、そんな江藤さんによく似合っていて、今の江藤さんは油断すると消えてしまいそうなそんな幻想的な美しさだった。
「えーと、ステージで結構褒めたんだけど」
「あれは口パクでしたー」
途端に機嫌が悪くなる江藤さん。
「と言うか、なんで足運び褒めてるんですか。見るところ違いませんか」
「いや、普通に褒めても面白くないかなって」
「そこで面白さを求める女性は存在しません」
ぷんすかエルフかわいい。
「もっと真剣に褒めてくれてもいいと思います」
「え? いいの? あますところなく褒めちゃうけど大丈夫?」
「褒め下手な弓塚君には無理です。どんと来いです」
と、江藤さんにお許しをいただいたので、そこから十五分くらい如何に本日の江藤さんが素晴らしかったのか、頭のてっぺんからつま先まで細部にわたって熱く語らせていただいた。
最初は、「え、本当ですか? えへへ……」と喜んでいた江藤さんだったが、最後には「も、もういい、いいです! 顔が、顔が爆発しちゃいますっ」とエルフ耳が先端まで真っ赤になるほど照れまくっていた。
「もういいの? 後一時間は余裕で話せたのに」
「ううううううぅぅぅぅ、恥ずか死しそうです……」
頭から煙がでている気がする江藤さんである。
「しかも、ドレスの裾から見える太ももの事まで熱弁されました……」
「あのチラリズムは最高だったね」
「本人に言わないでくださいっ」
パタパタと手で顔を扇ぐ江藤さん。
「まあ、そういうわけで、さっきのを短くまとめるとですね」
「……はい」
「エルフ可愛い、ってなるわけですよ」
「エルフ可愛い」
「エルフ可愛い」
なんかもう、それだけで全てが解決する気がする。
僕の真剣な表情をじーっと見つめていた江藤さんが、ふっと苦笑する。
「最初の誉め言葉に戻っちゃいましたね」
「だから言ったのに」
「……そうですね。褒めてくれてありがとうございます」
そして、江藤さんは困ったように呟く。
「……話してしまおうかなって思ったけど、いろいろあって迷っちゃうなぁ……」
相変わらず独り言が大きい江藤さんである。
「話すって何? あ、ずっと前に言っていた江藤さんの秘密の事?」
「え? え?」
「わ、教えてくれるんだ? 嬉しいなあ、江藤さんの秘密ってなんなの?」
「や、だ、駄目です。秘密です。まだ秘密です」
「明日からの僕だったら大丈夫じゃなかったっけ? あれから、結構時間たってるし、そろそろ話してもいいんじゃない?」
「駄目です駄目です! そ、それに、弓塚君への秘密がもう一個増えちゃいましたし……」
両手の人差し指をイジイジしながら呟くのが最強に可愛い。首を傾げて尋ねる。
「もう一個?」
「……あ。今の無し! 今の無し! 秘密! もう絶対秘密なんです!」
はっはっは。難聴鈍感系主人公じゃない僕には、ピンときました。これは立った。フラグが立った。間違いなくラブコメルート突入である。
この顔真っ赤で僕の肩をポカポカ叩いてくる江藤さんを見たら、誰だって勝利を疑わないだろう。
江藤さんの騒ぎ声に、何だ何だと、教室からクラスメイトが覗いてくる。
明日からの幸せ生活に思いを馳せる僕に、江藤さんが必死に声をかけてくる。
「弓塚君には言いません! 絶対、絶対に秘密です!」
――バレバレですエルフさん。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
翌日の昼休み。
いつかのごとく真木さんに緊急招集を受けた女子全員が屋上に上がっていき、嫌な予感がしていた僕の目の前に現れた江藤さんは、朝のラブコメムーブがすっかりと消え去っており、真木さん曰く「憑き物が落ちた」表情になっていた。
ちょっと何してくれてんですか、真木さん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます