茶番なんですエルフさん
『フランソワーズ、これでも喰らいやがれ!』
菊池の叫び声と共に、ステージ外から投げ込まれたサッカーボールが菊池の前を通りぬけ……ようとした瞬間、菊池の左脚が炸裂した。
『く!』
一瞬避けようとした池上フランソワーズは、背後に江藤さん達がいるのを思い出したのか両手を交差させ顔面を守る。
ズドン! という効果音がスピーカーから流れ、鳩尾にボールが突き刺さった池上フランソワーズの身体がくの字に曲がる。
……実際は、軽いスポンジボールなのだけれど、効果音のタイミングがドンピシャだったのでそれは強烈な光景となった。
観客席の女子の悲鳴が聞こえる。「菊池君ひどーい!」「もう試合の応援行ってあげなーい!」などというブーイングが出るが、菊池は高笑いを上げる。
『はっはっはー! いいざまだぜ池上ぃ! イケメン死すべし慈悲はない!』
……演技ですよね菊池さん? なんかスッゴイ楽しそうにしてますが?
『……これしきの痛み……なんてことは無いですわ……!』
よろよろと池上フランソワーズが立ち上がる。サッカーボールの数にも限りがあるので、ちゃんとコロコロ菊池に戻しているのが若干シュールではある。
『ぐはははぁ、池上フランソワーズよ。俺の事も忘れてくれるなよ?』
着ているメイド服を筋肉ではちきれそうにしながら、太田がバッドを振り回す。ブオンブオンと力任せで振り回す素振りは、距離があるはずの池上フランソワーズの金髪を舞い上がらせる。
『もう一度、苦悶の表情で俺を楽しませろ!』
もう悪役似合い過ぎだろうという台詞とともに、またもやステージ外から投げ込まれた硬球ボール(という名のスポンジボール)がストライクの軌道で太田に迫る。
『ふんぬ!』
太田のフルスイングで打ち込まれたボールが、ドスッ! という効果音とともに、再び池上フランソワーズの鳩尾に吸い込まれた。
『……かはっ!』
池上フランソワーズが膝をつく。女子の悲鳴の中に「痛めつけられる池上君もなんかいいかも……」「あの眉間の皺がグッとくるぅ」という声が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。気のせいだった。女子怖い。
『次で終わりだ、フランソワーズ。魔王の命により、エトエール姫ともども奈落の底に招待しよう』
太田の声とともにもう一度、硬球ボールがステージ外から放り込まれる。
『……あ、ヤキューブ・ホームラン!』
『それ絶対技名言うの忘れてて慌てて付け足した奴だ!』
鈴木さんの突っ込みとともに太田のスイングがボールを捉え、三度池上フランソワーズに襲い掛かり。
『――その招待はキャンセルするよ』
僕の声ともに、一陣の風がボールに突き刺さった。うお、ヒュイン! って効果音にしたのか。グッジョブ、舞台音響班。タイミングばっちりです。
『エトエール姫達は、僕が守る』
江藤さんや池上フランソワーズ達を、ステージ中央の奥から鈴木さん達と反対側のステージ端に移動させる。そして、僕はその前に立ち太田達と向かい合った。
距離は約十五メートル。
茶番を行うにはいい距離だ。
「え、何!? 今の何!?」「ボールに矢が突き刺さってる? あ、刺さってるんじゃなくて小さな吸盤みたい」「あのメイド弓持ってるぞ!」「もしかして、さっきの弓で撃ち落としたの!?」「漫画やアニメじゃあるまいし、そんな事できるわけが」
『キャンセルをキャンセルする!』
小学生のバリヤーをバリヤーする理論みたいなことを言いながら、太田が再びスイングする。今度は僕に向かってだ。
『キャンセルをキャンセルしたのをキャンセルする』
僕も対抗しながら、矢を放つ。狙い通り、矢はボールに当たり、ステージ中央に落ちた。
その瞬間、観客席が沸いた。
「すっげえ! マジか、マジかよ!」「なんで当たるの! おかしくない!?」「凄い凄い!」「種も仕掛けもないのか!?」「無理でしょ!? あれ、本当に当ててるのよ!」
観客がざわつく中、太田と僕の声が響く。
『キャンセルをキャンセルでキャンセルしたのをキャンセルする』
『キャンセルのキャンセルのキャンセルのキャンセルのキャンセルする』
『キャンキャン煩い! 犬かあんたら!』
鈴木さんの突っ込みと同時に、またもや硬球ボールを矢で撃ち落とす。
『こいつはどうだ!』
菊池の声がしたかと思うと、太田の影からサッカーボールが飛び出してきた。
とっさに背中の矢筒に手を突っ込む。太田に使っていた矢では、軽すぎてサッカーボールの大きさでは止められない。
『残念でした』
僕は、すばやく矢筒から取り出したさっきよりかは重めの矢をつがえ、サッカーボールの中心を射貫く勢いで指を離した。
ヒュイン! という心地よい音がする。
うまく中心に当たった矢は、ボールの勢いを止めた。
『くそおお! この野郎! ……あ、そういえば弓塚なんて名前なの?』
『……ユミヅッカーです』
『ご愁傷様だな……まあいい、ユミヅッカー! よくやるとは言っておこう、だが勝つのは我らだ! お前は後何本矢を持っている? 果たして俺達の攻撃を防げるかな?』
矢筒に手を突っ込み、右手で残りの矢を引き抜く。人差し指から小指までの間に矢を挟む。その数、三本。
『太田……じゃない、オッターとキクチン、君たちは二人。矢の数は、三本。……仕留めるには、充分な数じゃない?』
『ほざけ、ユミヅッカー! ええい、言いにくい名前だ、誰が考えた!』
『苦情は委員長にお願いします』
『あの自分のネーミングセンスを微塵も疑ってない奴に何を言っても無駄だ!』
あ、遠藤さんが視界の隅でコクコク頷いている。苦労しているんだろうなあ。
『ユミヅッカー、次の連続攻撃でお前は終わりだ。安心しろ、お前がベッドのマットレスに埋め込んで隠している秘蔵のお宝本は、俺達がちゃんと供養してやる』
『もももももももも持ってないですし! なななななな何を言ってるのかなあ!? ご、ごきゃいしないでね!』
思わず江藤さんの方を振り向いて弁解しようとした瞬間、背中に殺気を感じた。
まずい。
太田達め、ノリまくってしまって本来の目的を忘れてる。僕が負けてしまうと、台本が上手くいかないのに!
『う』
首をひねる。フルスイングした太田の硬球ボールが、ズゴン! という音響班のいい仕事とともに襲い掛かってくる。
『ああ』
向き合って迎撃するには時間が足りない。距離も足りない。足を滑らせる。仰向けに倒れながら、矢をつがえる。一か八かだ、うまくいけこん畜生!
『ああああああ!!』
僕の真上をボールが通り過ぎる瞬間、矢の先端をボールに当てて、僕は力任せに指を解き放った。ボールが矢の衝撃を受け、はるか頭上へ矢と共に跳ね上がる。
『なに!』
菊池の驚いた声がステージに響く。と、同時にその眉間に矢が突き刺さり(正確には吸盤がズポッと音を立てた)、菊池はステージに音を立てて倒れこんだ。
『む、無念……』
そんな捨て台詞を残して。ノリノリである。
『おらぁ!』
『!』
倒れたまま菊池を狙い撃ちした僕は、その声にとっさに膝立ちで起き上がり、向かってきたボールを何とか撃ち落とした。
立ち上がる僕に、太田が不敵に笑う。
『よくキクチンをやったな。褒めてやろう。で、矢を使い終わったお前に何ができる? 弓兵なんざ矢が無ければ、烏合の衆よ。こいつで終わりだ、死んで来い!』
余裕なのか太田が高くボールを真上に放り投げる。メキメキと太田の腕の筋肉が、メイド服を今にも破ろうと軋ませる。
『オッター。僕も同じことを言うよ』
矢をつがえていない弓を持ち、その弦を引き絞る。目いっぱい力を使って。
その狙いは、太田の眉間だ。
『こいつで終わりだ』
『は! 矢もない弓兵がどうやって終わらせる! 矢なんてどこにも残って』
いや、矢はまだ残っている。
一歩左後ろかな? ……うん、ここだ。
硬球ボールを狙おうとすこし上を向いていた太田は気づいたかもしれない。
さきほど真上に跳ね上げた矢は、いったいどこにいったのか?
太田の硬球ボールよりも、速く一本の矢が落ちてくる。
「あ、あれ!」「何か落ちてくる!」「え、嘘!」「うそうそうそうそマジで!?」
観客の声が聞こえてくるが、その時の僕は、ただひたすらに右手に集中していた。
吸盤が指先に当たった瞬間。人差し指をつよく弾き、落下する矢の経路を縦から横に変換させた。まるで、磁石で引き寄せられるように、弓に矢がセットされる。
ヒュイン! という音と、太田が倒れ伏すのは同時だった。
降り損なった硬球ボールがポンポンと弾んでステージから落ちていく。
僕がふうと息をつくと、爆発的な歓声が上がった。とんでもない拍手が沸き起こる。
「最後のやつが一番ヤバかったー!」「何でできるのあんな事!?」「すっごいの見たねー!」「本当にあったのかしら、信じられない!!」
江藤さんに振り返る。その表情は、信じられないようなものを見た顔だった。ビックリ顔の江藤さんかわいい。
「簡単にはできなさそうなもの。人目を引くようなもの。……現実味が無さそうなもの。ちょっと冷や冷やしたけど……なんとかクリア……できたかな」
僕は、江藤さんに笑いかけながら、ゆっくりと近づいた。
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