第88話 ウォータースライダー 一

「ペアどうすっか」


 神崎が言った。

 

 ウォータースライダーは一人でも乗ることが可能だが、二人で乗ることもできるようだった。せっかくだし二人で乗ろうということになり、二人乗りボートを持ち、最後尾に並ぶこととなった。

 待ち時間は十分ほど。それまでの間にどのペアで滑るか決めなければならない。普通に考えれば、俺と楓、神崎と須藤だ。普通に考えれば、な。


「じゃんけんにする?」

「ありだな」


 楓も頷いており、やる気満々のようだ。


 それぞれが誰と乗りたいかなんてわかりきっている。無難なペアで乗るのもありだろう。それでも運に身を委ね、決まったペアで乗るのも一興だ。


「よし、じゃあいくぞ。グーとパーに分かれましょ」


 俺はパーを出した。楓がグー、神崎がパー、須藤がチョキを出した。須藤は虚をつかれたような表情をしている。


「千草ってやっぱバカなのか?」

「この手のまま、目突くよ?」

「冗談冗談」


 神崎が苦笑しながら、言った。


「言い訳させて欲しい!」

「ちーちゃん、どうぞ!」

「私のいた中学じゃ、分かれる時の掛け声がそんなんじゃなかったの。ぐーちっ! ってやつだったから、ついチョキを出しちゃった」

「学校によって差が出るよな。天野たちは聞いたことあったか?」

「うん」


 楓も頷いた。俺と楓は同じ小学校だったので、神崎の掛け声に聞き覚えがあった。神崎とは小学校、中学校が違ったけれど、同じ掛け声だったのだろう。須藤だけが違ったわけだ。 


「そうか。今日はグーとパーのやつでいいか?」

「別にチョキにこだわりはないから、全然いいよ。ごめんごめん」


 須藤が両手を顔の前で合わせ、笑顔で謝った。


「よし、じゃあ、気を取り直して。グーとパーに分かれましょ」


 俺がグー、楓がパー、神崎がパー、須藤がグー。


「意外な組み合わせ! 神崎くんよろしくー」

「よ、よろしくお願いします」

「何改まってんの。楓ちゃんに鼻の下伸ばさないでよ。ニヤついてるとこ見たら、あとでソフトクリーム奢りの刑ね」

「バカ。そんなことするわけねえだろ」


 と言いつつも、少し頰が緩んでいる神崎を俺は見逃さなかった。まあ、恋に発展することはない神崎だから、安心できるけど。


「本当かねぇ。天野くん、よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」


 特に意識したわけではないが、階段で並ぶ時の立ち位置は、ペアで横に並ぶことになった。神崎が二人乗りのボートを持ち、楓と話している。


「最初の頃に比べると、大分打ち解けたよねぇ」

「確かにね。神崎からよそよそしさは消えた」


 初めて神崎と楓が顔を合わせたのはいつだっただろう。勉強会を開いた日だったかな。その頃はどこか遠慮したような、そんな空気が感じ取られた。今は違い、友達として仲良く話ができている、そんな風に見えた。


「天野くん、本当は楓ちゃんと乗りたかったでしょ?」

「え、いや、そんなことは......」

「別に本当のこと言っていいんだよ。逆に私と乗りたいとか翔太と乗りたいって言われても、戸惑っちゃうし」

「まあ、そうだね」

「当然だよねー。私も翔太と乗れないかなーって思ってたし」


 やっぱり同じようなことを考えている。


「でもね。別に天野くんと乗るのが嫌とかそういうわけじゃないからね。むしろ、これはこれで良かったと思う。こういう機会がないとあんまり二人で話す機会ってないでしょ? あ、でも私たちの場合は、お買い物に行ったっけ」


 俺も楓と乗りたかったけれど、須藤と乗ることが決まって、残念だ、とかそういう感情は一切湧いてこなかった。友達と乗るのが楽しくないはずがないし、俺も全然良いと思っている。ただ、彼女と乗りたいという気持ちが少々勝ってしまった、それだけだ。

 

「誕プレ選びだったり、色々お世話になりました」

「いえいえー。いつでも相談してくれていいからね。あの二人もそういう関係になって欲しいなぁ」

 

 神崎と楓が仲良くなることを厭わない。それはきっと二人を信頼しているからだろう。今は話が弾んでいるようだけど、今まで二人だけで話すような場面をあまり見たことがない。俺も楓たちがもっと仲良くなってくれれば良いな、と思った。

 


「どっちからいく?」

「お先にどうぞ」

「んじゃ、いかせてもらうわ」


 前に楓が座り、後ろに神崎が座った。ボートが動き出す直前に、楓が親指を立ててグッドポーズをしたので、真似して返しておいた。


 大きなチューブの中に二人は消えていった。


「ねえ、神崎ってウォータースライダーは平気なのかな?」

「確かに。絶叫系ダメだもんね。楓ちゃんの前だからいい格好しそう」


 須藤が笑いながら、言った。


 須藤には前に乗ってもらった。俺はボートのグリップ部分をしっかり握った。スタッフのお兄さんの合図と同時にボートが発進した。暗闇の中に吸い込まれていった。



「ぷはっ」


 須藤が水面から顔を出し、頭を横に振っている。


「楽しかったね!」


 かなりのスピードが出ていた。激しくボートは揺れ、振り落とされそうになった。須藤は終始、「はははっ」と楽しそうな笑い声を発していた。

 

「うん。思ったよりもスピードが出てて、ちょっとびっくりした」

「天野くん、全然声出してなかったもんね。怖かった?」

「びっくりしただけで、怖くはなかったよ。ちゃんと楽しめた」


 俺は感情があまり表に出るタイプではないので、楽しんでなさそう、とか勘違いされがちだけれど、きちんと楽しんでいる。もっと嬉々とした表情が出るとか、須藤のように声が自然と出れば良いんだけれど、残念ながらそうはいかないようだ。


「良かったー! おっ、あそこにいるね」


 須藤が指差した方向には、手を振る楓たちがいた。プールサイドの、邪魔にならない場所で待ってくれていたようだ。


「お疲れさん」

「おつおつー。楓ちゃん、翔太にセクハラされてない?」

「大丈夫だよー。むしろ、怖くないか? とか気にかけてくれてたよー」


 容疑をかけられた神崎に楓が優しく微笑み、フォローを入れていた。


「へー、そんなことできるんだ。私にもそういうこと言ってくれてもいいのに」

「絶対言わねえ」

「まあ、出発してからすぐに、『ひぃっ』っていう声が後ろから聞こえてきたんだけどね」

「おい、言うなよ」


 楓は小悪魔のような笑みを浮かべていた。


「想像してたよりは速かったね。変な声は出さなかったけど」

「はははっ。翔太っぽくないけど、翔太っぽいねぇ」


 矛盾する発言だけれど、言いたいことはわかる。ガタイの良い見た目と普段の雰囲気などを考えると、神崎っぽくない。逞しいイメージがついている。けれど、以前の絶叫系が苦手という神崎の性質を考えれば、神崎っぽい。そういう意味で言ったんだと、解釈した。

 

「今回は全然叫んでねーからな。そんなに怖くはなかったし。ちょっと、ほんのちょっと驚いただけだ」

「とか言って、怖かったくせにー」


 また須藤がクスクス笑っている。


「んじゃあ、もっかい乗ってやるよ。ペア替えるぞ」


 そう言った神崎は楓とじゃんけんをし始めた。誰も、もう一度乗ることに何も言わなかった。正確には言う時間を与えられないまま、じゃんけんが開始された。俺と須藤も分かれるためにじゃんけんをし始めたが、異を唱えることはなかった。

 全員同じ気持ちが心の中にあったんだな、とぼんやりと思った。

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