第83話 プール前日
夏休み前最終日、終業式が先ほど終わった。夜、きちんと睡眠をとっていたとしても、必ず眠くなってしまう校長先生の話は何なんだろう。不眠症に悩むことがあれば、校長先生に頼めば解決できるのではないか、と思う。
教室で担任から、「夏休み中しっかり勉強しろよ。三年からじゃ、遅いからな」というありがたいお言葉をいただき、ホームルームも終了した。一年の頃の俺なら、斜に構えて、心の中で悪態をついていたかもしれない。
けれど、今の俺は毎日数分でも良いから勉強しよう、と思うくらいには意識が変わっていた。成績も順調に伸びているし、夏休みは差をつけるチャンスだ。一年の頃サボっていたのだから、周りと同じタイミングで受験勉強を開始したら、負ける。
勉強意欲が向上したのは、楓の存在も大きいと思う。頼ってばかりでは情けない。勉強では難しいかもしれないけれど、もっと頼りたくなるような人間になりたい。ならなければいけない、と思う。
特に意識していたわけではないが、教室の楓がいる方向に自然と目がいっていた。楓がちょうどこちらを向いた時に目が合って、はじめて自分がどこを見ていたかに気づいた。
友達との会話を切り上げて、こちらへトコトコと歩いてくる。何か言われそうだ。
「そんなに私のこと見たかったのぉ? 教室では我慢してよねー」
「本当は見るつもりなかったんだ。見えてしまった、という方が正しい。許してくれ」
「見てはいけないものを見てしまったみたいな扱いやめて欲しいんだけど......」
わざわざこんな会話をするために、楓は友達との会話を中断してきたと思うと、何だか申し訳なくなってきた。
「友達との会話はいいの? 邪魔したよね、俺」
「大丈夫大丈夫。無駄話しかしてなかったし」
「それならいいんだけど」
楓がさっきまでいたグループの方へ、そっと目をやった。楓が急に抜けたことで雰囲気が悪くなるとか、そういうことはないようなので安心した。
せっかくだし、もう少し喋りたくなった。
「そういえば、明日だよね。プール」
「明日だねえ。そうだそうだ、悟くんに悲報があります」
悲報? 俺の知らないところで、延期になっていたとか? それを知らされていないはずがない。では、何のことだろう。見当もつかない。
「何があったんですか。楓さん」
何となく、改まってみた。
「実はですね。今日、一緒に帰ることができません」
「うわー。残念だなあ」
「もっと心込めて言ってよ......まあ、そういう反応されるだろうなーとは思ってたけど」
おお、俺のことわかってるじゃないか。さすがだ。一応、理由を訊いた方が良いのかな。
「何か用事があるの?」
「よくぞ、訊いてくれました! 実はね、明日のためにちーちゃんと水着を買いに行ってこようかと思います」
そうか。明日は水着を着るのか。いや、わかっていたことだけれど、俺は水着を見ることになるんだよなあ。楓の水着姿とか視線集めそうだな......。なんか、ちょっと嫌だ。
絶対似合うんだろうな。
「今、私の水着姿を想像してたでしょ?」
「バカ」
声が上ずってしまった。何だ読心術の使い手なのか? 想像してない、と言えば嘘になるけれど、素直にうん、と言えるはずがなかった。
「まあ、悟はそういうの興味なさそうだもんねえ」
好きな子の水着姿に全く興味を示さない男がいるはずない。楓は少し読み違えているようだ。わざわざ訂正しようとは思わないけど。
「水着を買いに行くから、今日は帰れないんだね」
「そゆことー」
「それじゃあ、また明日だね」
「うん!」
楓は須藤の元へかけて行った。
楓と入れ替わるかたちで、須藤と話していた神崎がニコニコしながらやってきた。
「またデートするか?」
「しない」
「デートは冗談だ。たまには二人で帰ろうぜ」
「それなら」
お互い登下校する相手がいるので、何だかんだ二人で帰ることは稀だった。たまにはこういうのも良いかもな。
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