第52話 部屋に二人きり
無言。青葉ちゃんが出て行ってしまったため、部屋で二人取り残されたわけだが、何を話せば良いのだろう。普段、二人きりになっても、会話が止まることは少ない。それに、沈黙だったとしも、居心地が悪いということはなく、気楽に過ごすことができる。
今はお世辞でも快適とは言えなかった。いつもとは状況が全く異なる。楓の方も視線が部屋のあちこちに飛んでおり、戸惑っていることは丸わかりだった。
どちらかが話し始めないと、沈黙は破られない。それはわかっているけれど、どう話せば良いのだろう。
楓が異性として好意を持ってくれているとは思えないし、話す内容なんてそもそもあるのだろうか? 今までの関係を続ける以外に選択肢がないのだから、話すことなんてない気がする。
「なあ」
「ねえ」
被った。第一声が被ると、やりづらい。
「え、えーっと、悟からどうぞ」
「俺は後でいいよ。先にどうぞ」
なんとなく話しかけたので、話す内容は決まっていなかった。なので、俺は先に言ってもらうように言った。
「お、おーけー」
彼女は一呼吸を置き、言う。
「私、付き合うとかそういうのってちゃんと考えたことなかった。今の関係が続けば、いいなってずっと思ってた」
俺も今の関係を崩したくない。そう思っていた。変化してしまうくらいなら、現状維持で充分だ。
俺は同意の意味を込め、軽く頷き、続きを話すように促す。
「でね、ちょっと考えてみたんだ。私がどう思ったか、わかる?」
「この状況でも、クイズ?」
「クイズ!」
他人の感情を読み取るなんて、基本的にクイズとしては最高難度であるはずだが、読み取る相手は楓だ。難易度はガクッと下がる。
「何とも思わなかった、が回答で」
「惜しい!」
惜しい、か。少なくとも、好きか嫌いの二択ではないことがわかった。
「正解は?」
「わからなかった、が正解」
「それ、あり?」
「ありあり。私ね、悟のことは確かに好きなんだよ。他の告白してくる男子とは違って、特別視してる」
含みのある言い方をする彼女の発言にドキッとしてしまう。俺は冷静を装いながら、「うん」と促す。
「でもね、よく考えてみた時に、普通好きなら、青葉が言うような関係なりたいのかなー、とか想像するよね。けど、もしかしたら、私はこの今の程よい距離感が好きなのかもしれない、とも思ったの。答えは出せなかった。つまり、わからなかったの」
彼女はしっかり考えた結果、わからなかったらしい。俺はどうだろう? 本当に付き合うだなんてそんな大それたことを考えたこともなかった。
楓は俺のことを特別視していると言った。そのことには薄々感づいていた部分があったので、直接そのことを聞いて、今更動揺するほどのこともない。素直に嬉しい。
では、俺は楓を特別視していたか、と自問する。答えが出るまでに一秒もいらなかった。
していた。俺は彼女にクラスメイトたちとは違う感情を持って、いつも見ていた。きっと、それは『好き』だから彼女を例外的に見ていたというより、憧れというような感情が強かったように思える。俺にない部分を彼女は多く持っているから。
改めて、好きなのかどうかを考えてみると、これも即答で、好きだ。けれど、俺も楓と同じような感じで、二人で無駄話をする時間やたまに遊びに行く、今の距離感が好きなのではないかと思った。
楓の発言が予想通りだったけれど、期待通りではなかったことで、適当に理由をつけて、そう思い込もうと逃げているだけなのかもしれない。
自分に嘘を吐かず答えを出せば、きっと今の関係がとても辛いものになるのだと思う。何を期待していたかについては、深く考えたくはなかった。
「ん?」
俺が黙り込んでしまったせいで、楓が小首を傾げて、見てきた。
「俺も考えてみたよ。どう思ったか、当ててみる?」
「私の真似かっ。うーん。別にいいや。言っちゃってー」
さっきしっかり答えてやったのに、これはちょっと酷い。少しくらい考えてくれても良いのに。これだと俺に対する興味なんてこれっぽっちもないように思え、さっきの発言の真意が疑われる。
「えっと、まあ、簡単に言うと、俺も......」
「わからなかった」
「なんで言うんだよ」
「いや、答えて欲しそうな顔してたから」
答えてくれるなら、最初から言ってくれれば良いのに。
「そんな顔した覚えはない」
「せっかく答えてあげたのにー。で、正解なの?」
まあ、正解かな......。
「うん」
「ふふふ」
目を細め、ドヤ顔でこっちを見てくる。さっきまで真剣に考えていたのが、バカらしく思えてきた。
「わからなかったけど、一つ言えるのは、俺もこの関係がまだまだ続いて欲しいなとは思った」
「だよねだよね」
楓はそう言った最後に「誰にも偽らない関係になれたらいいね」と小さく付け加えた。今の関係をやめてただの友人になるか本当に付き合うかのどちらの意味でも取れるけれど、後者であると勝手に解釈した。
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