第二章
第48話 南楓と新しいクラス
「一緒だな」
「うんっ。まさか全員同じクラスとはね」
正面玄関の扉に貼り出されたクラス表を見て、安堵の息を吐いた。玄関で人がこんなに集っているのは、一年で今日くらいだろう。
新年度ということで少し早めに登校したが、失敗だったかもしれない。
「よお」
聞き覚えのある男の声。
「なんか楽しそうだね」
「そりゃあ、久しぶりの学校だしな。俺のクラスはどこだ」
「自分の目で確認してくれ」
神崎と須藤もこの時間に登校していたらしく、玄関で遭遇した。
「おっ、翔太同じクラスだよ。あ、楓ちゃんたちも一緒のクラスだ!」
楓と須藤が手を取り合い、喜びを共有している。微笑ましい光景。容姿端麗な二人がはしゃいでいるからか、視線が彼女たちに集まっている気がする。
「俺たちもやるか? あれ」
「一人でやってろ」
どうして男同士で手をつなぎ、笑いあわなければならないのか。この群衆の中でそんなことをすれば、間違いなく変な噂が流れてしまう。一種の拷問に近い。
変なことを言い出した神崎は放って、上履きに履き替え、廊下を進み、教室に入った。
教室の前には座席表が貼られており、指定された席に座る。出席番号順なので、『あ』から始まる俺は前から二番目の席だった。
神崎は俺の列の一番後ろ。須藤は二つ隣の列の一番前の席。楓は数えるのも面倒くさいと感じるくらい遠い席。
友達が少ないせいで、自分の席の周りに仲の良いやつがいないと少し不安だ。隣人さんと仲良くしておいて損はないので、前後左右と積極的にコミュニケーションを取っていく必要がある。あ、右は壁だった。困ったら壁を向くような学校生活にならないように努力しないとな......。
俺がカバンの中身を取り出し、整理していると、空席がどんどん埋まっていった。前は赤坂という運動部に所属してそうな男子生徒くん。左隣は三上という大人しめの女子生徒さん。で、後ろが。
「天野くんも文系だったんだね。席近いし、よろしく」
新年度早々、爽やかスマイルで、俺を落とそうとしてくる宇都宮が後ろの席だ。いや、宇都宮はそんなつもりないのだろうけど、同性である俺がそう感じてしまうのだから、女の子は勘違いしてもおかしくない。
宇都宮も同じクラスということは、このクラスには学年一の美少女とイケメンがいることになるのか。賑やかなクラスになりそうだ。
「宇都宮は理系いくもんだと思ってた」
「それみんなに言われるよ。授業時間短いから、文系にした」
話を聞くと、早く学校から帰りたいからという理由ではなく、部活動に使える時間が増えるからという理由らしい。サッカーバカだ。宇都宮が公立に入学したのも、真剣にサッカーをしたかったから。宇都宮が在籍していた中高一貫校にも運動部は存在するけれど、勉強第一であるため幽霊部員だったり、真面目に練習する学生が少なかったりするそうだ。
一応、知り合いが近くにいたことで、少し安心した。
「彼女人気者だね」
教室での楓を見たことがなかったので、新鮮だった。宇都宮の言う通り、楓の周りには数人が集まっていた。楓を中心に話し合ってるように見えた。
「宇都宮といい勝負してるよ」
「俺は人気じゃないよ」
謙遜は良くない。さっきから何人かの女子生徒が宇都宮の連絡先を聞きに来ている。俺は教室に入ってから、誰とも連絡先を交換していない。これを人気と呼ばずに、何と言うのか。
軽く嫉妬していると、担任の先生が入ってきた。髪の毛が薄い、丸いメガネをかけた先生だ。一年の時に教えてもらった記憶はなかった。厳しくなければ、良いな。
始業式で校長先生の長話を聞くため、これから体育館に移動する。教室の前で並び始める直前に、楓に『今日の帰りはどうする?』とメッセージを送っておいた。直接訊いても良かったけれど、常に楓の周りには誰かがいて訊きづらかったのだ。
二週間ぶりに見た校長先生は今日も厳格な顔付きで、全校生徒の前で固い話をしている。寝始める学生もちらほらいて、起こされている者もいる。しかし、全員が注意されているわけではない。上手く先生の目をかいくぐり、スリープ状態に入っている人もいる。
辺りを観察しすぎると怪しまれるので、ほどほどにしておくべきだけど、それ以外にやることがなく、本当に退屈なのだ。何か別の退屈しのぎの方法を探さないといけない。
気づいた時には、校長先生の話だけでなく、生徒指導を担当する先生の話を含めた全ての話が終わっていた。どうやら、俺も居眠りしてしまったらしい。最後まで注意されなかったということは、どうやらバレずに睡眠をとれたということだろう。
担任が列の前に立ち、起立させた。体育館を出るまではしっかりと列をなして退場するが、出てしまうと列はバラバラになっていた。いつの間にか俺が列の先頭を歩いていた。担任も注意しているけれど、一度崩れた列が修復するのは難しかった。各々が好き勝手移動し、喋っている。大声ではしゃいでいるわけではないので、担任も本気で怒ったりはしていない。
俺は話す相手もいなかったので、足を止めることなく担任の後ろをついて行っていたけれど、肩を叩かれたことによって、立ち止まった。
顔だけ振り返ると、頰に細い何かがぶつかった。痛みとかはない。触れた程度だ。
「ふふふ。引っかかったね」
頰に当たっていたのは、楓の人差し指だった。
俺がまんまと引っかかったため、嬉しそうに微笑んでいる。つい、頰が緩みそうになる。学校でそのようなことはやめていただきたい。他の学生たちに見せつけるための、行為なのかもしれないけれど、平常心を保つのに精一杯だ。
「お、おー。引っかかったよ」
鏡で確認していないのでわからないけれど、頰が紅潮していては恥ずかしいので、顔をそむけて、感情を可能な限り込めずに言った。
「反応うすっ! 悟を動揺させるのって青葉が学年一位を取るより難しいんじゃないの?」
妹を比較のために出してきて、ディスるのはやめてあげて。確かにかなり困難なことだとは思うけど......。
動揺はしてるし、落ち着かせるのに必死だ。多分、楓が原因となっていれば、神崎が学年最下位を取るくらい簡単に動揺してしまう。彼女はそのことをわかっていないので、これからもこういった行為がエスカレートしてしまうのではないかと思うと、恐怖すら感じる。本当に学校ではやめていただきたい。
「リアクションが薄いのはいつものことだから。それより、スマホ見てくれた?」
校内でスマホを見ることは禁止されていることを思い出し、先生に聞かれてないか確認するために前方を見たけど、すでに視野の中に先生の姿はなかった。さっき立ち止まったことで、先頭集団から外れたようだった。
「見たよ! 返信したけど、まだ見てないっぽいね」
どうやら始業式の最中に返信していたらしい。怖いもの知らずだなあ。
俺はスマホを取り出し、ディスプレイに表示されたメッセージを見る。
「見てもらったらわかる通り、一緒に帰れるよ」
「クラス替えがあったばかりなのに、友達と帰ったりしなくていいの?」
「いいよいいよ。さっき言われたんだよね。『今日も彼氏と帰るんでしょー』って。笑顔で頷いといた」
「無理は......してないんだよな」
「当然! 明日は咲良たちとクレープ食べて帰ることになってるし、ちゃんと友達とも遊んでるから気にしなくて大丈夫だよ」
後方から「かえで〜」という楓を呼ぶ声が聞こえてきた。お友達がお呼びなのだろう。
「それじゃあ、また帰りに」
「うんっ」
頷いた彼女は後ろの女子グループの中へ入っていった。
「なんかお前顔赤くね?」
後ろから須藤と二人で歩いてきた神崎にそう言われ、やはり赤くなっていたことに恥ずかしくなり、「うるせー」と無罪であるこいつに語気を強めてしまった。
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