第30話 南楓と水族館

 ラーメン屋を後にし、目的地の水族館に向かう。ここから徒歩十分ほどらしい。


「水族館って最後に行ったのいつだろ?」

「俺は小学校の頃の遠足」

「私もそれが最後かも。いや、違う。中学の頃一回山下と行ってたんだ......」


 犬猿の仲となってしまった彼女たちの昔は仲が良かったというエピソード。

 おそらく楽しい思い出があったはずだろうけど、その思い出を聞き出すのは躊躇われた。楓の表情が徐々に曇っていったから。

 山下さんの話題が出る度にこうなってしまってはとてもやりづらいので、早く仲直りをして欲しい。切実に。


 話題を百八十度くらい変えたい。


「神崎たちはクリスマスどこ行くんだろう」

「聞いたよ。遊園地行くんだってー。パレード見るらしいよ。ロマンチックだよねえ」


 神崎に似合わないくらいロマンチックなシチュエーションだ。


「そうだな。今日の予定聞いてなかったんだけど、水族館には何時くらいまでいる予定なの?」

「全然決めてない。夕方くらいかな? 悟が良ければ、水族館の後近くでイルミネーションで人気のスポットがあるんだけど、二人で、行かない?」


 俺から視線を外して言った彼女は、少し緊張した面持ちだった。断られる可能性も考慮してだろう。

 直接彼女から誘うということが、今までほとんどなかったのもあるのかもしれない。今回の水族館も、一応、俺が誘ったことになっているし。


「いいよ。今日はフリーなんで」


 楓は「ほっ」と声に出して、息を吐く。安堵したのがよくわかる。彼女の感情ほど当てやすいものはないだろう。



 水族館に着くと、彼女は二枚のチケットを取り出し、一枚渡してくれた。お昼過ぎということもあり、すんなり入場ゲートから入ることができた。

 

 左右、上方で色んな種類の魚たちが泳ぎ回っているアクアゲートを通り抜けると、大きな水槽が見えた。


「でかっ」


 楓の反応は正しいもので、水槽に対してなのか、遊泳中の俺たちよりはるかに大きな魚に対してなのかはわからないけど、圧巻の迫力だった。

 水族館に久しぶりに来たけどこんなに興奮するものだったっけ。


「きれー。これなんて魚?」


 彼女は小さな魚を指差して言った。


「俺が知ってると思う?」

「思わない」

「なんで訊いた」


 こういう時さらっと説明できれば、かっこいいのかもしれないけど、あいにく俺に魚類の知識はない。


「ねえねえ、かわいくない?」


 黄色のチンアナゴ。

 確かに砂から顔を出すところがちょっとかわいいけど、彼女が目をキラキラさせてまで見るほどかわいいとは思えなかった。


「こいつもかわいいと思う」

「何これ?ハリセンボン?」

「そうらしい」

「うーん。そんなに」


 楓は小首を傾げて、顎に手をやって、こいつがかわいいかどうかをしっかり考えてくれたようだが、お気に召さなかったようだ。目がクリッとしていてかわいいのに。


 五階にはペンギンなんかもいた。ペンギンがかわいいという意見に関しては一致した。

 さらに上の階へ向かう。それにしても広いな。全然飽きない。


「カワウソ! 癒されるなあ。ちょっとちーちゃんに似てない?」

「言われてみれば......」


 小さな木の上を歩くカワウソは、楓の言う通り須藤に似てる気がした。体を震わせて、付着した水を払っているところは頰が緩みそうになるくらいかわいかった。


 俺たちは一通り水族館を楽しみ、早めの夕食を館内で済ませることにした。

 三階にカフェがあるそうなので、そこへ向かった。海が見えるカフェで、太陽が沈みかけているのを見ながら、サンドイッチを食べた。

 昼にサンドイッチで夜にラーメンの方が良い気がしたけど、まあ、気にしないでおこう。

 

 マヨネーズを口につけた楓が目を見開いて、隣に座る俺の方を見た。


「どうしたの?」

「写真......忘れてた」

「あ」


 須藤に言われていたのをすっかり忘れていた。


「絶対撮らないといけないのかな」

「撮っといて損はない......と思う。山下のこともあったし」


 山下さんにツーショット写真の提示を求められたこともあったなあ。俺の写真うつりの悪さを利用して切り抜けたが、次も上手くいくかわからない。楓の言う通り撮っておいて損はないだろう。


「あ、でも悟、写真嫌いなんだよね。撮りたくないなら、また適当に言って誤魔化せばいい、と思う」 


 撮りたいんだろうな。容易に表情から読み取れる。

 彼女は優しいから、直接言ったりしない。俺が写真を撮られるのが好きでないことを知っているから。

 

「今日くらい撮ろっか。写真うつりめちゃくちゃ悪いけど」

「うん! 私がかっこよく撮ってあげるよっ」

「頼むよ。その前にマヨネーズ取った方がいいよ」

「え」


 彼女はスマホを鏡代わりにし、確認する。頰だけでなく、耳まで紅潮させた。


「マヨネーズつけながら、あんなに喋ってたの......穴があったら入りたい......」

「チンアナゴに入れてもらえば?」

「本当そうしたいよ......誰かに言ったら、写真と一緒に手紙をバラまくから......」

「悪魔か」


 手紙の存在なんて忘れていた。彼女を優しいと思ったことを後悔する。


 前髪を直しているところを見ると、やっぱり女の子なんだな、と思う。


「準備おっけー」

「ん」


 一枚撮って、彼女はどういう風にうつっているのか確認する。


「私、可愛くうつってると思う?」


 彼女が見せてきたスマホの画面には美少女と仏頂面の男がうつっていた。

 写真うつりも悪いけど、被写体自体が悪いな。彼女と並ぶことで顔面偏差値の低さをまざまざと感じ辟易する。


「思うよ」

「キャー。自分で訊いといて何だけどちょっと恥ずかしいね!」

「じゃあ隣の奴はどう思う?」

「えーっと、思ってたより悪くはな......悪いかもしれない」

「そこまでストレートに言われると、逆に傷つかないで済んだよ」


 お世辞でも良いとは言えないレベルらしい。


「どうしてこんなに写真うつり悪いんだろ? もっと笑えば?」

「笑うの苦手なんだよ」

「うーん。ラーメンとのツーショットならいい感じに撮れるんじゃない? すっごくいい表情してたし」

「確かに」

「でも、私うつってないからそれ意味ないよね」

「確かに」


 ラーメンとのツーショットなら一人でも撮れるわけで、二人でどこかに遊びに行った証明としてはちょっと弱い。まあ、須藤なら信じてくれそうだけど。

 

 あと数枚撮ってみたがどれもイマイチだったので、良い写真は諦めた。楓が試行錯誤してくれたようだが、上手くいかなかった。

 彼女のように自然と笑って、楽しそうな姿を写真に収められる日がいつか来れば良いな、と少し思った。

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