第13話 四人で勉強会②

 相変わらず、わかりやすい。疑問点をズバッと解決してくれる。

 楓は常に誰かに教えている状態が続いた。はたから見ても、忙しいことがわかる。俺はなるべく、自力で解決しようと善処した。が、自力で解決できるような問題は少なく、結局、彼女に頼ることになる。


 今度、お礼をしよう。そういえば、スイパラにまだ連れて行ってなかったな。言い出すタイミングがなかなかなくて、誘えてなかったけど、今回の期末考査が終われば空いてる日を訊いてみよう。夏休みに入れば時間はいくらでもあるだろうし。


 一段落ついたところで、休憩タイム。


「楓ちゃんを一家に一台欲しい」

「わかるわ。これだけわかりやすかったら、前回の天野の点数にも納得だわ」


 楓は褒められて、「えへへ」と照れていた。

 

「さっきの続きだけど、どっちが告白したの?」


 勉強を挟んでも、この話題については忘れていなかったようだ。


「え、私だよ」

「本当に!?私は天野くんかと思ってた」

 

 一応、設定ではそうなっている。「俺もお前が告ったんだと思ってたわ」と、神崎は小声で言ってきた。自分では告白するようなこともなければ、告白されるようなこともない、と他人から思われそうな雰囲気を醸し出している気がする。


 どういう経緯で告白することになったのかを事前に決めてあったので楓は二人に話していた。俺はその様子を見守る。


「高校で再会かあ。やっぱり、憧れる!」


 やっぱり、幼馴染がくっつく、というシチュエーションに憧れを抱くものなのだろうか? 


「ちーちゃんと神崎くんはどっちが告白したの?」


 ちーちゃんとは須藤のあだ名だろう。名前が千草だから。

 自分たちのことは話したのだから、次は神崎たちの話を聞く番だ。俺たちだけ話すのは不公平というものだ。まあ、作り話だけど。


「翔太だよ」「千草」


 同時に二人がお互いの名を言い合った。そして、睨みあい始めた。どうしてこうなる?


「いやいや、あれは先に翔太が告白したでしょ」

「記憶喪失にでもなったのか?」

「はあ?あの時、『付き合ってくれる?』って言ってきたじゃん」

「それは俺のことどう思ってるかお前に訊いたら、『好き』って言ったからだろ」

「好きとは言ったけど、告白したわけじゃないし」

「そういう流れに持って行ったのは、千草の方だろ」


 喧嘩するほど仲がいい、とは言うが、俺たちの前で始めないで欲しい。

 ヒートアップしてる。

 

 楓はどうすれば良いのかわからず、オロオロしてる。助けを求める目は子犬のようだった。俺も止められる自信がない。


「なあ」


 二人から「ん」とだけ言われて、睨まれた。俺は悪くない。


「ここに何しに来たのか忘れたの?」

「ちゃんと覚えてるよ。けどね、これは勉強よりも重要なことなの。二人の邪魔したら悪いし、ちょっと外出てくるね」


 神崎も無言のまま、須藤の後をついて行った。


「行っちゃったね」

「うん」

「放っといてもいいのかな?」

「大丈夫だろ。すぐ戻ってくるさ。勉強再開しとこう」


 今のうちに楓先生にわからないところを全て教えてもらおう。神崎はまた赤点をとってしまうのではないだろうか?あの調子なら古典も教えてもらえるか怪しいし、全科目赤点を祝うパーティーでも開いてやりたい。


「そういえばさ、最近告白されたりした?」

「最近?ここ一ヶ月はないなあ。あ、でもちょうど一ヶ月前くらいに隣のクラスの男の子からラブレターもらったよ」


 今時ラブレターってちょっと珍しい。

 告白される頻度は減っているので、役に立っているのだろう。告白はされてるようだけど。俺からなら余裕で奪えると思われているのかもしれない。


「で、どうしたの?」

「当然、断った」

「当然なんだ......」

「だって、悟といる方が楽しいしねー」


 楽しい、という一言にドキッとした。


「わざわざ、一から関係を築いていって、仲良くなって。それから好きになるのってかなり労力が必要だと思うんだよね。人を好きになるのには時間がかかるのだよ」


 そういうものなのだろうか。一度、付き合ってみると、意外とすぐに好意的になっていったりしないのだろうか。俺は人を好きになった経験がないので、よくわからない。そんな俺から恋愛観について、何か言われる筋合いもないだろうから、何も言わないけど。


 彼女は「ふわー」と伸びをし、ペンを置いた。立ち上がって、回れ右をし、本棚の方へ向かった。人の部屋をまじまじと見るのは失礼だと思い、あまり見ていなかったけど、本棚には漫画が大量にあった。ぱっと見、少女漫画が多そうだ。恋愛経験の乏しさを補填するために、読んでるのだろうか。

 本棚から一冊を手に取り、ベッドに横になりながら、読み始めた。


 この余裕が俺にも欲しい。一応、勉強会という名で開かれたので、自分も勉強していたが、彼女にわざわざ勉強する必要なんてなかったのかもしれない。予習復習だけで、ここまで仕上げられるのは才能も関係するように思える。


 神崎が勉強を放棄し、漫画を読み始めたら、文句を言うかもしれないが、相手は楓だ。俺より成績の良い人には何も言えなかった。「ふふふ」とか言って、笑ってる。まずい。集中力が切れてきた。


「悟〜。ちょっと休憩しなよ」


 悪魔のささやきが聞こえてくる。


「俺はまだまだやらなければならない科目が残ってるんだけど」

「休憩も必要だよー。チラチラ私の方見てるし、集中力切れたんでしょ」


 バレてた。顔が熱くなる。


「いや、でも......」

「勉強で疲れた時はやっぱり甘いものだよっ。ちょっとお菓子探してくるから適当にくつろいでおいてー」


 俺の返答を待たずして、扉を閉めた。


「はあ......」


 一人取り残された部屋で、どうくつろげば良いのかわからなかった。手紙を探したい。けれど、バレたら......。世に知れ渡れば、ここにいる三人だけでなく、全校生徒から非難の目で見られることになる。

 でも、処分したい!葛藤。どうすれば良いんだ......。


「お待たせー」


 迷ってる間に、彼女は帰ってきた。二人を連れて。


「仲直りしたんだ」

「翔太が折れてくれたからね!」


 須藤は満足そうに笑っていた。


 俺の隣に神崎が腰かけて、「千草と口論だけはするなよ。勝てん」という謎の忠告をしてきた。須藤と言い争う状況になるとは思えないけど、一応、心に留めておこう。


 その後は順調に進んだ。楓が持ってきてくれたチョコレートをつまみながら、ペンを走らせ、暗記した。

 楓も神崎たちが帰ってきてからは漫画を読むことなく、教え続けていた。読む時間を与えられないほど質問されていた。


 本当に勉強会を開いて良かったのかな。俺からすれば、ありがたいイベントだけど、楓にとってはどうなんだろう。


「みんなお疲れー」

「私こんなに勉強したのはじめてかも」

「俺も」


 それぞれの疑問点は解決できたようで、勉強会も終わりに近づいているようだ。


「うわっ。もうこんな時間だったの」


 時計は六時を指していた。勉強を始めて、四時間ほど経過していた。


「今日はお開きにしよっか。またわかんないところが出てきたら個別に連絡してね」


 俺たちは玄関に向かった。


「楓ちゃん、今日はありがとね。今度お礼したいから、どっか行こ!」

「お礼なんていいよ。私も楽しかったし。お礼とか関係なしで、遊びに行きたい!」

「また連絡するね」


 気を使っての発言ではないことが楓の表情から読み取れる。楽しかった、と言ってくれたので、誘った俺も安心する。


「本当助かったよ。南、さんきゅ」


 神崎も普通に接することができるようになっていた。


「ありがとう。また学校で」


 彼女は全員から感謝され、少し照れているようだった。


「うん。じゃあね」


 頬を赤く染めた彼女は、俺たちに目をなかなか合わせてくれなかったけど、最後の「じゃあね」と言った時、今日一番の笑顔を見せてくれた、気がした。


 帰宅途中、楓からメッセージが届いた。『誰かと勉強するのって楽しいね』と。

 はじめての四人での勉強会は滞りなく終わった。第二回が開催される予感がした。

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