第33話 〜試合開始!〜


(おい、試合って何だそれ? 聞いてないぞ!)


 ユリウスが【念話テレパシー】で問いかける。


(あー そうそう… 言うの忘れてたっけ? 研修の時、訓練場にお爺ちゃんがきてさ… 実技試験合格したら試合するって約束しちゃったんだ)


「よし、それじゃあ今から訓練場へ行くか!」

「へぇ〜 すごい! それ、わたしたちも行っていいの?」

「おぉ、みんな来い来い!」


「待って下さい! 皆さんの冒険者票がまだ……」

「いや、ルシオラさんのも新しく発行するからその時にまとめて渡しても構わないよ…?」


 マルモアが余計な気を利かす。

チーフ・オフィサーのマルモアは冒険者になりたくてなれなかったギルド職員だ… もしかしたら強い冒険者への憧れは、ここにいる誰よりも強いのかも知れない。


「【タイラント・アリゲーター】の屍体はどうなさるので?」


 研究調査員のハイメルがメナスに尋ねる。

そう言えば帰りに見るとか約束していた筈だったが…


「あー… ごめんなさい、今日はいいかな。 また機会があったらでいいです」

「そうですか、分かりました」


 訓練場にぞろぞろ連れ立って移動しながら、ユリウスはメナスに尋ねた。


(なぁ、ワニの屍体… よかったのか?)

(えぇ… 実はさっき、トイレに行くって言って部屋を出たでしょう?)

(あぁ、5分くらい出てたな…)

(あの時に用事は済ませて来ちゃいました)

(そうなのか… その、用事って───)

(すみません、マスター… 詳しい話は後ほど…)


 階段を降りて一階の受付ホールに着くと、集まっていた冒険者やギルド職員たちの視線が一斉に集中する。


 それはそうだろう… ギルドマスター、伝説の剣聖ソードマスター【鋼の剣エルツ】が、チーフオフィサーを始めギルド職員や冒険者を引き連れて歩いて来るのだ。

皆が何事だろうかと固唾かたずを飲んで注目していた。


「見たい奴ぁついて来い! これから俺が、噂の【SSS+】判定の新人と試合をするぞ!」


「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」


 そこにいた誰もが一斉に歓声を上げた。

受付職員までもが閉鎖中クローズドの看板を掲げて席を立った。

訓練場へ向かう行列は、さながら大名行列もかくやと言わんばかりに溢れかえった。


「すごい… 大ゴトになってきちゃったねぇ…」


 さすがのフィオナも冒険者たちの興奮に少し気圧されているようだった。


「まったくだ……」


(どうする気なんだ、メナス? みんなの前で伝説の英雄をノシちまうのか…?)

(さぁ… ほんとどうしましょう?)

(まさかのノープランかよ!)

(流石にこんなコトになるとは思ってなかったですねー)


(これってアレですかね、適当にいい勝負して適当にいいところで負けるのが無難ですかねー?)

(いや… 彼ほどの冒険者だ… おそらく少しでも手を抜いたら見抜かれるだろうな…)

(それじゃあ…)

(お前は適性検査の時に表示されたパラメーターを覚えてるな?)

(もちろん)

(その数値の通りに出力にリミッターを掛けることは可能だな)

(なるほどね、できると思うよ)

(よし、それじゃあ『その状態』で全力で闘ってやれ! あとは勝っても負けても『神のみぞ知る』だ!)

(了解でーす)


 そうこうしている内に、その大行列は武闘家の訓練場に辿り着いた。

 すでに訓練に訪れていた職員や冒険者たちも驚いて道を空ける。


「これはいったい何事ですか⁈ ギルドマスター」


 メナスが研修訓練に来た時と同じ師範が慌てて飛んで来た。


「わりぃ、場所ちょっと借りるぜ! 覚えてんだろ? 約束の手合わせだ」


 武闘家系訓練施設は『口の字』型の建築物で、中庭にあたる部分が吹き抜けの訓練場になっている。

 訓練場の中央にエルツとメナス、それにマルモアと先程の師範が立ち、壁際にぐるりとギャラリーたちがひしめき合っていた。

 二階の廊下からも訓練場が見下ろせるようになっていて、そちらもギャラリーがびっしりと並んでいる。

 どこから聞き付けたのか、一般市民も紛れ込んでいるようだった。

 ちらほらと子供の姿もあった。

どうやら既にあちこちで賭けが始まっているらしい。 大声で賭けを募る叫びが何箇所からも響いていた。


 今のところは大体【12対1】くらいでギルドマスターが優勢のようだった。


 三階は一般の冒険者などは立ち入れない職員用の区画で、ユリウスたちはそこにいた。

 最初は一階にいたのだが、あまりに人が多くて背の低いフィオナやルシオラが何も見えなくなってしまったからだ。


「大丈夫かしら… メナスちゃん…」


 ギルドマスターの実力を良く知るルシオラがメナスの心配をしている。


「まぁ訓練の手合わせと言うくらいだから、まさか殺す気でやるわけじゃないでしょう…」


 そう言うユリウスも正直エルツの真意は測りかねていた。


「エルツさんは大剣だけど、メナスちゃんは素手なんでしょう? これって不利じゃないの?」


 フィオナの指摘はもっともだ。

しかし、ひとたび懐に入れば素手の格闘家の独壇場となる。

 だが剣聖ソードマスターの剣撃をかいくぐって懐に入るのは容易な事ではない。

 結局はお互いの技量次第としか言いようがなかった。


 そうこうしている内に試合が始まるようだった。


「それではこれより、ギルドマスター【鋼の剣エルツ】と【SSS+】判定の新人冒険者、メナス・イグレアムによる試合形式の稽古を開始します」


 喋っているのはチーフオフィサーのマルモア・エルフェンバインだった。

 小太りで髭を蓄えた中年男性の彼の声からは、少年のような興奮の熱が感じられた。


「勝負は一本勝負! 基本的に勝敗は戦闘不能か当人の降参でのみ決します。 時間制限なし。 場外負けもなし。 ただし直ちに治療が必要な怪我を負ったとこちらが判断した場合はその場で終了となります」

 

「おいおい、このルールだと不味くないか…」


 メナスがいくら打撃を加えても目に見えて出血がない限りは試合は続行される。

 しかし剣の攻撃が擦れば大量出血で即終了となり得るのだ。

 メナスは一応、体表を軟化させれば剣で傷が付くし擬似血液を流す事も出来る。


 さっきまであれほど騒がしかった訓練場から一切の音が消えた。

 ここにいる全ての者が、固唾を飲んでその時を待った……


「それでは… 試合開始っ‼︎」


「「「うおぉぉぉ〜〜〜っ‼︎」」」


 訓練場に割れんばかりの歓声が鳴り響いた。

マルモアは壁際まで下がり、代わりに師範の男が審判役として前に出て来た。


 メナスは両腕の鋼の籠手を拳の形で合わせると軽く礼をした。


 対する剣聖ソードマスターエルツ・シュタールは、肩に抜き身の大剣を担いだまま無造作に立っている。


 エルツは左手を前に出して不敵に手招きをして見せた。


「どっからでもかかって来な」


伝説の冒険者、剣聖ソードマスター【鋼の剣エルツ】…

ギルド史上初の【SSS+】判定合格者…


 世紀の対決の火蓋は、今まさに切って落とされた。

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