第39話 あの日の憧れ

「ちょっとコンビニ行ってくる。」


夏休みの課題もあと少しというところでシャー芯がなくなってしまい、仕方なく買いに行くことにしました。


玄関から階段を降り、門を『ガチャ』と開けると外には人影。

一瞬驚いたけれど、よく見るとコウくんらしきシルエット。

時間的に史華を送ってきてくれたんだと思い。


「あ、おかえり。」


と言ったのはいいんだけどね。

さすがにびっくりしたよ。

だってキスしたまま見てくるんだもん。


史華は真っ赤な顔でコウくんの背中に隠れるし、コウくんは全く照れてる様子もない。


「ん?こんな時間に出かけるのか?」

だって。


彼女の家族にキスシーン見られたのに、その反応はおかしいよ?

さすが大物。


「うん。ちょっとコンビニに行きたくて。コウくん、いつも送ってくれてありがとね。

 お母さんも安心してバイト行かせられるって言ってるよ。」


「送り狼の心配は?」


冗談ぽく言ってるけど、コウくん相手だしそうなっても問題ないと思うよ…。


「いつでもどうぞ。」

「公佳?」

コウくんの背中から史華が抗議してくる。


「まあ、そのうち。とりあえずコンビニ一緒に行くわ。史華いいか?」

コウくんはいい意味でマイペースだよね。


「もう。そのうちってなによ?」

「え?だめか?」

コウくんは不思議そうに史華を見ているけどだめなわけないじゃない。

好きな人には抱いてほしいんだからね。


「・・・だめな訳ないじゃない。」

うん。うちのお姉ちゃんはかわいいね。

恋愛すると人は変わるって言うけど、史華がここまで乙女チックになるとは思ってなかったなぁ。


「じゃあ、コンビニまでお付き合いお願いします。」

私は空いてるコウくんの右腕にしがみつく。

"ふにゅ"

勢いよくしがみついたせいで胸が当たっちゃった。


「おう、遅くなるといけないし、さっさと行くか。」


ん?んんん?

こっちはやり過ぎで恥ずかしいのにコウくんは素知らぬ顔?

あれ?いま当たりましたよ?

あれ?まさか気付いてないとか?

むむむ⁈これはこれで失礼な話だと思うんだけど?


私が羞恥に駆られ、ジト目でコウくんを睨みつけると、反対側から史華に睨みつけられた。


「公佳?何をしてるのかな?」


戸惑いの中に怒りの感情。


「ん?お兄ちゃんとスキンシップかな?ね、コウくん。」

コウくんは首を竦めて苦笑い。


史華はじーっとコウくんの腕を見ている。


「さ、さすがには過剰なスキンシップだと思うよ。」

頬を赤く染めながら抗議する史華。

あ、気付いてた。

でも、よく見ると史華もコウくんの左腕に抱きついている。

胸が当たらないようにしてね。


「それ?あははは。ちょっと勢い余って当たっちゃった。お兄ちゃんにサービスと言うことで。」

上目遣いでコウくんを見上げると、コウくんは思案顔。


「どうしたの?」

「うん?いや、お前たちが何言ってるのかイマイチ理解できなくって。腕組むのがそこまで過剰なのかってさ。」


ふ、ふふふ。

なるほどね。そうでしたか。

うん、そうね。

気づいてなければサービスじゃないよね。

気づいてなければ。


ってことね。


史華から微かに笑い声が聞こえてきた。

「ふふふふ。わからないって。」


「何笑ってるのよ史華。一緒のサイズのくせに。」

これがブーメランってやつね。

史華の顔もにわかに強張る。


「あ、わりぃ。理解した。気づかなかったわ。」

コウくんが私の胸元を見ながら謝ってきた。


「もう!謝らないでよ〜。」


♢♢♢♢♢


「ありがとうございました。」


会計を終えてコウくんの元に歩み寄る。

え〜っと、どれかな?

あっ、あった。


レジ袋の中からアイスを一つ取り出してコウくんに渡す。

「コウくん、付き合ってくれてありがとう。これお礼ね。」

コウくんの好きな板チョコの入ったモナカのアイス。


「お、サンキュー。」

さっそく袋から出して頬張っている。


「はい史華も。」

史華の好きなレモン果汁のアイスを手渡す。


「ありがとう。ね、総士はそのアイスが好きなの?」

「おう、アイスはこれだな。」

そう、コウくんはこのアイスが大好きなんだよ。


「ふ〜ん。公佳よく知ってたね。」

そんなジト目で見ないでよ。

思わず苦笑い。


「中学の頃は練習の後にみんなでよくアイス食べてたもんね。」

でね。」

不満なのがバレバレだよ史華。


そんな史華の頭をコウくんはひと撫で。


「史華、一口ちょうだい。」

史華の返事も待たずにそのままパクリ。

「あ〜、まだいいよって言ってないのに。じゃあ私ももらうね。」

今度は史華がコウくんのアイスをパクリ。

本当に仲良いな〜。

見てる私の方が恥ずかしいくらい。


「はいはい。ごちそうさま。」


「いや吉乃、それは俺たちの台詞。」

本当に自覚がないんだね。

もうバカップルに認定してあげるね。


「それはそうとコウくん。なんで私だけなの?チームのみんなもほとんど名前呼びじゃない?なんか疎外感があるんですけど?」

史華は付き合ってるから名前呼びなのはわかるけど、飛鳥だって、先輩ですら名前呼びだよ?


「それはたぶん、初めて会ったときに誰かが吉乃って呼んでたからじゃないか?それを真似してそのまま定着しただけだろ。」


ん〜?納得できるようなできないような。

あの時付き合ってたら私も"公佳"って呼んでくれてたのかな?


「公佳は何て呼ばれたいの?」


「コウくんのセンスにお任せかな?」

チラッとコウくんを見上げると目が合った。

真剣に考えてくれてるみたい。


「面白味に欠けるけど"公佳"でいいか?史華の妹だし家族っぽく。」

あ、意外と嬉しいものだね。


「うん、それでいいよ総くん。」

私も親しみを込めて名前で。

でも史華との違いを出したいから総くんで。


「ふ〜ん。まあ無難ってとこかな?良かったね公佳。」

お姉ちゃんは不貞腐れ気味なので、アフターフォローは彼氏に任せよう。


「ふふふ。そうね。それでは邪魔者は先に家に入ります。じゃあね総くん、これはお礼。」

私は去り際に総くんの頬に軽くキスをした。


♢♢♢♢♢


「なんだったんだ、あいつ。」

私も総士も今日の公佳の態度に困惑している。


腕を組み、胸を押しつけ、名前呼び。

極め付けはキ、キスまで!


「ごめんね総士。私も訳がわからないよ。」


でも、いま私がやることはね?


「総士。」


総士の首を両腕で包み込み、頬にキスをした。


「・・・上書きしたからね?」

う〜!私って嫉妬深かったのかな〜。

でも嫌なものは嫌。

ましてや相手は総士が好きだった公佳だもん。


総士は抱きついたままの私の顔を上げてキスをしてくれた。

いつものように優しく。


「ん?そ、総士?ちょっ・・・んっ、はあ、うん、ん。」

唇が触れるだけのキスを繰り返すうちに総士の舌が侵入して私の舌に絡めてはじめた。

いわゆるディープキスというもの。


自分でも信じられないような甘い吐息が漏れていたような気がする。


やがて総士の舌から解放されると、私は放心状態だった。


「これが本当のアップデートだな。ごちそうさま。」

愛おしそうに私を包み込んだ総士は耳元でそう囁いた。


♢♢♢♢♢


『コンコン』


「はい。」


「公佳、入るよ。」


お風呂上がり、わたしは公佳の部屋を訪れた。


「ん、どしたの?」

サッカー雑誌を見ていた公佳がきょとんとした顔で私を見てきた。


「今日のことなんだけど。」

たぶん私の口調は冷淡なものだったんだと思う。


「うん。ちょっとやりすぎちゃった。史華にとってはいい気分じゃなかったね。ごめんね。」

雑誌を閉じて申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「はぁ〜。」

公佳が深いため息を吐く。


「ねぇ史華。私がサッカー始める前の小6の時にクラスのみんなでサッカー部の応援行ったの覚えてる?」


確かうちの学校が初めて市の大会で決勝まで勝ち進んだ時に、葛城くんの応援で行ったんだっけ?


「私はあの試合のことを鮮明に覚えてるの。だって私がサッカー始めるキッカケになった試合だもん。」


公佳の表情は憂いを帯びた笑顔。


「カズくん達は負けて準優勝だったよね?私はね、相手のチームのキャプテンのプレーに憧れを覚えたの。特に決勝点になった。すごく綺麗なフォームで信じられないようなボールの軌道でゴールに決まったの。」


フリーキック?元々興味がなかったから結果くらいしか覚えてないけど、この流れってもしかして。


「試合の後にね。カズくんに大会のカタログ見せてもらったの。メンバーリストが見たくて。相手の6番"纐纈総士"って書いてあった。

纐纈って珍しい苗字でしょ?だから覚えてて。私は総くんに憧れてサッカーを始めたんだよ。」


公佳が総士をお手本にしてるのは知っていた。でもサッカーを始めるキッカケになるくらいの存在だったなんて。


「そんな不安そうな顔しないで。総くんは今でも私の憧れの選手だよ?でもね、私はカズくんの彼女だよ?だから史華はそんな顔しないで。」


私は今、どんな顔をしてるの?



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