伊藤有紀のケース: 4

「いいんでしょうか……、異世界からのお客様は、滞在登録をしないと市街にも出られないのに」

「転移ゲート通って相談所に出てきたわけじゃないし、いいんじゃないの? パラケが担いで来た時も、衛兵になにも言われなかったんでしょ」

「そ、それはたぶん、パラケさんに圧倒されて止められなかったんじゃないかと……」

 ルドラはあっさりとしたものだが、続くリカルドは心配そうだ。

 市壁の門へ続く道を、先頭に立って元気よく歩くのは、今にも「トリック・オア・トリート!」とでも叫びだしそうな、可愛らしい魔女だ。その横を、今は自分の脚で歩く有紀。更にその後ろを、青髪の魔族と狼ににた姿のアロハシャツ獣人が歩いて行く。しかもリカルドは、ルドラが拘束したままの翼獣をかついでいる。ハロウィンの行列にしてはコンセプトがよく見えない集団だ。

 かなたも来ようとしていたのだが、

「かなたにはちょっと刺激が強すぎると思うよ。今回は留守番ね」

 と、軽い口調ながらも、有無を言わせない迫力でルドラが却下したのだ。リカルドがついてきたのは、単純に荷物……魔獣を運ぶためだ。

「錬金術って、卑金属を金属に変えたり、金属を精錬する方ですよね? 召喚や合成もするんですか?」

 黒いとんがり帽子を眺めながら、リカルドが素朴な疑問を口にする。

「錬金術って、魔法のない世界では、化学の分野になるんじゃない? 調薬もそう。もともとの目的は、不老不死とか、若返りの薬の発見っぽいけど」

「そういえば、賢者の石も、魔法というより錬金術と絡んでよく聞きますね」

「そうそう。ホムンクルスなんて、錬金術師のお約束じゃない。命あるもの同士を合成して、新たなる生き物を作るとか、普通の魔法使いはあんまり手を出さない分野だよね」

「パラケさんは、そういうことを生業にされてる方なんですか」

 ルドラの説明に、感心したように、リカルドが頷いている。

「そういえば、パラケさんって見た目はとっても可愛らしいですけど、もちろん人間ではないんですよね?」

「パラケはエルフとノームのハーフだよ。森の人と地の人を足すと、なんで人間の幼女になるのか、世界は謎が深いよね」

 一般に、ノームは地の精霊、エルフは森の妖精と言われる。サーシャなどを見ていると、妖精という言葉が持つ儚さは感じないが。

「パラケは、郊外に広がる森のヌシみたいなもんさ。僕が相談所にスカウトされて、ハイパティーロに来た頃には、もうあの格好で郊外に棲みついてたね。その割に、ちっとも錬金術の腕は上がらないけどねぇ」

「聞こえておるぞ、三下!」

 とたんに抗議の声が飛んできて、ルドラは首をすくめる。

 肝心の検問は、実にあっさりしたものだった。パラケを見慣れている衛兵達は、担いでいたのが人間から魔獣に代わっていても、生暖かい笑顔で顔を見合わせただけだった。有紀が外に出て行くのも、自分たちがうっかり中に通した者が自分から出て行ってくれて、探しに行く手間が省けたとでもいわんばかりだ。

 都市を囲む市壁の外側は、一定間隔の空き地を隔て、あとは広大な森が広がっている。定期的に手入れされているらしく、荒れ果てた感はない。目印になるようなものはないが、パラケは迷う様子もなく、獣道をずんずん進んでいく。

 パラケの住む家は、森の中の小さな空き地に、おとぎ話のお菓子の家のようにぽつんと立っていた。

 全体のサイズ自体は人間のものと変わらない。錬金術師の家というより、古びた木造の洋風家屋だ。ただ、外に置かれたポストや玄関横の物置は、パラケの身長に合わせた高さになっている。

 手に持った杖でパラケが扉の取っ手を叩くと、鍵穴付近に一瞬空間に小さな魔方陣が浮かび上がり、勝手に扉が開いた。

有紀が驚くかと思ったが、接触型の自動ドアに慣れた現代日本人にはあまり意外な出来事ではなかったらしい。むしろ、ずんずん中に入っていくパラケが、入れともなにも言わないものだから、続いて入ってもいいものか、戸惑っているようだ。一方で、ルドラは有紀を追い越して無遠慮に扉をくぐる。

 中は、拍子抜けするくらい簡素だった。可愛らしいカントリー調でもなければ、いかにも魔女の家と行ったおどろおどろしさもない。たださすがに、普段使いの家具はみんな子供用のように小さい。

「お一人で暮らしてるんですか?」

 有紀を促して最後に中に入ってきたリカルドが、窮屈そうに身を縮めてあたりを見回した。

「うむ、炊事以外の家事は通いの家政婦にやらせている」

「そこは使い魔とか屋敷しもべ妖精とか言わないと」

「使い魔だと街に買い物に行けぬだろう。ああ、そこの獣人、茶葉とカップはこっちの棚だ。火をおこして湯を沸かせ」

 現実的なことをいいながら、パラケはリカルドに、お茶のありかを説明している。

 ルドラはひととおり部屋の観察を終えると、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「緑の謎の液体を煮詰めてる大きな窯とか、錬成魔方陣とかないの? 燻製した魔獣の肝とか乾燥マンドラゴラはどこに保管してるの? ホムンクルスを育成するガラスの筒は?」

「そんなもの、客の目につくような場所に置くわけがなかろう。秘密の実験室と相場が決まっている」

「あるんですね……」

「ちなみに、清涼な水流の中で育ったマンドラゴラは、収穫の時に悲鳴ではなく美しい歌声を上げ……」

「そのネタどっかのSNSで見たよ」

 異世界の魔女と魔神らしくない会話に、ついていけない有紀が入り口の横で立ちすくんでいると、

「娘、こやつが茶の準備をするまで、我の研究室を見てみるか」

 パラケが、幼女にしてはすごみを漂わせた笑みを見せた。

「というか、私がお茶入れるの前提なんですね」

「当たり前じゃ。ひとの家まで押しかけてきたのだから少しは我の役に立て」

「でもお客様のそばから離れるわけには」

 一喝されながらも食い下がるリカルドに、ルドラがやれやれと首を鳴らしている。

「僕がつきあうよ。どのみち、パラケにあわせたサイズの研究室じゃリカルドは入れないよ」

「そ、そうかも知れませんが……」

 心配そうに、リカルドが有紀に目を向ける。戸惑った様子で大人達(見た目幼女含む)の話を聞いていた有紀は、自分に視線が集中したのに気づいて身をすくませる。

「ほら、娘、来るがよい。独学で召喚を学ぶほど興味があるのなら、見て損はなかろう」

 と、さっさと奥の扉に向かって歩き始めた。促された有紀がとまどった様子で、リカルドに目を向けた。リカルドは多少残念そうながらも、

「ルドラさんはこれでも一応魔族ですからね、なにかあってもちゃんと対処してくれますよ」

「これでもとか一応とか言わない!」

 聞きとがめたルドラが頬をふくらませる。有紀は改めてルドラに目を向け、目を瞬かせた。

 青髪の青年の頭から伸びる、山羊のような角。

「魔族……?」

「ほらほら、さっさと行って行って」

 ルドラはパラケの後を手で示し、せかされた有紀は戸惑いながらもその後についていく。心配そうに見送るリカルドに、

「だ、大丈夫ですよね……?」

「ただの人間が魔獣を召喚なんて、よっぽどだからねぇ。まぁ、彼女にはいい機会になるんじゃない?。あ、葉っぱは見極めてよ、変な薬草使わないようにね」

 ひらひらと手を振ると、ルドラは気持ち身を縮めるように、幼女と少女の後についていった。

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