第63話 対策:備え =済

『                .

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                 .

                  .              』




『おきなさい』


 舌っ足らずな甘い声に、バチリとスイッチが入るように意識が戻った。体をはね起こ――そうとして、何かに押さえつけられている事に気づく。

 ってか、ちょっと待て。私は確かぐだぐだと悩みながらダンジョンの編集をしてたはずだ。それがどうしてこうなった。つーかここはどこだ。


『あら、なんじゃく。このていどでおきることもできないの?』


 くすくすと楽しそうに舌っ足らずな甘い声が続く。うん。一個だけ確定した。


「ま、た、お前か誘拐犯!!」

『なまいきね。じぶんのじょうきょうというのがわかってないのね』


 心の底から吠えれば、体にかかる圧力が増す。が、それこそが目的だ。圧力が増せばその形も分かりやすくなる。息苦しいとかその辺は既に対処済みだ。

 えーと……ん? 人の手っぽい? で、この台詞だから……大きさが随分と違うとかそんなんかな。手の形した重力魔法にしちゃあったかいし。

 で、この大きさの差からして、私はぬいぐるみサイズまで縮められてるっぽいな。当然ながら念話も通じないどころか倉庫へのアクセスすらできない、と。

 が。


「おバカさんはどっちだか」

『……なんですって?』


 私を何らかの手段で連れ去ったのはともかくとして。

 もう少し警戒しようぜ? 何でこの押さえつけられた状態ですら色々と確認できるんだよ。


「直接手を下しに来たのかはたまた今度も遠隔の何かかは今から確認だが、バカだろ。どう考えても。ダンジョンの中に居るから警戒してないとでも思ってたか?」

『なんですって!?』


 多分怒ったんだろう。圧力が増す。

 けどな。



「――私がどれだけこのチャンスを待ち望んでたと思う?」



 心から呟く。同時に練り上げておいた魔力に指向性を与え、左手の腕輪を媒体として形に変えた。


【スキル『結界術』反射結界】

『きゃっ!?』


 発動したのは極々単純なもの。しかも重ね合わせも設計もしていない、完全に素の状態での1枚張り。

 だが、それでも私を押さえつけていた誘拐犯の手を弾き飛ばすには十分な強度だったようだ。アイテムボックスから護剣を取り出し、ワンドを取り出し、もう1つのトリガーを起動する事で黒一色のオリジナルに着替える。


「誰が大事な本気装備を手離すかよ。神の力をもってすればダンジョンから攫う程度簡単だって既に知ってるっつの」


 着替えながら言葉を吐き出す。コートの裾をひるがえして、遥か上方、こちらを見下ろし睨みつける、黒髪黒目のお姫様を冷ややかに見上げる。


「どれだけ不可能を打ち破ってきたと思う? どれだけ不条理をひっくり返してきたと思う?」


 ダンジョン内での能力ブーストは反転して鍛錬モードに。

 仕掛けた罠はこの身1つでも突破できてからの設置。

 ボス部屋の‘星’ですら最高品質の物は置いていない。


「お前にも思い知らせてやるよ」


 ダンジョンから連れ去られ、しかし万全の状態で、私は戦端を切った。




 一方、『死の修行所・獄 ※心折れ注意』。


『Warning!!

 ダンジョン第一階層で“異世界神の封珠”が3個破壊されました

 ダンジョン第一階層に

『******』

『******』

『******』

が召喚されます

 『******』らは以下のダンジョンルールを無視する事が出来ます

 ・ダンジョンの壁・床・天井は破壊不可

 ・落とし穴に落下した場合死亡

 ・属性:空・崖の階層で落下した場合死亡

 『******』の種族は【??】です

 『******』の種族は【?】です

 『******』の種族は【?】です

 『******』らは死亡後の鹵獲が可能です

 『******』らは死亡しない限り5時間後に強制送還されます

 『******』らによりダンジョンコアが破壊された場合、ダンジョンマスターは死亡します

 『******』らにより配下が死亡状態となった場合、強制退去となります

 『******』ら召喚時点でダンジョン内に居た侵入者は強制退去されました

 事態解消までダンジョンへの侵入は不可となります』


「ッチ、嫁がいねェ時に限ッて3匹も来やがッて!!」


 ガン! と剣を足元に叩きつけるようにしてソールが吠える。契約『魂の絆』でダンジョンマスターがどこかへ連れ去られたのを察知し、即座に編集中の階層へ跳んだ、その直後にサイレンが鳴り響いたのだ。

 与えられている権限は生きていたようで、開いてみた画面にはいつか見たような赤い文字。非常事態宣言と同義の内容に、既にクラウドとラートは元凶の拿捕へと飛び出している。

 となれば、自他ともに認める戦闘能力特化は防衛に尽力するしかやる事が無い訳だ。

 が。


『こりゃあ……さすがにマズイかも知れんのう……』

『……そんな呑気な事を言っている場合かしら?』

『そうですよ。本当びっくりしましたー』

「テメェもだ。よりによッて防御不可状態異常かよォ」


 うんざり、と見やった監視画面の先には半人半蛇の女? が3人。その姿かたちがよく似ている事から、姉妹神とかそのあたりだろうと当たりをつけるソール以下配下達。

 ただ背中に金に近い翼が生え、髪が一本一本うねり、爪も光るほどには鋭い、となると、先日のスレイプニルという馬より数段戦闘向きなのは間違いない。最悪不死属性を持っている可能性すらある。


「でェ、今度も嫁の世界の神だとして、なンで一匹だけ種族の文字数が違うンだ? どォ見ても姉妹神だろこいつら」

『私に聞かれましてもよく分かりません……』

『同文じゃ。ヘルディンが居ったら分かったかも知れんがのう』

『……ない物ねだりよね……。……何か聞いてないの、ショウヨウ?』

『今まさに手書きの事典で調べているところデス』


 何やら手がかりはあったらしい。推定主の手回しが済んでいるのを確認して、気持ちだけ顔を見合わせる一同。


『分かり次第連絡を入れてくれればそれでよし、とするしかないのう』

『……ノーヒントよりかは、ずっと親切よね……』

「しゃァねェ。とにかく石化の魔眼だけ喰らわなけりゃ動きぐらい見れンだろ。いくかァ」

『それでは私がサポートということで、何とか浄化の方を頑張ってみます』


 まんまとしてやられた苦さを胸の奥に抑え込み、そんな風に声を掛け合って、ひとまず最初の階層へとソールは飛び込んだ。適当に時間を稼ぐつもりで遠くから回り込む。


『……3つ隣から魔法を撃ちこむわ。……部屋丸ごとでも大丈夫よね……?』

『大丈夫だと思います。えーと、これは、こうでこうで、4つ隣、ですね』

『了解じゃ。今ワシは……うむ、順路で7つ向こうじゃの』

「どこに飛び出てンだよ。オレは2つ先だなァ、思いッ切り頼むぜェ」


 ダンジョンの罠は配下には無効だ。迷路も配下専用のショートカットが用意されているのでさくさく移動できる。どこまで守れば気が済むのかと思っていたが、いざ緊急事態に陥るとこれ以上頼もしい守り手はいない。希少称号【不落の守りを布く主】の所持は伊達ではないという事だ。

 ズズン……と、行く先から重い音が振動として伝わってきた。元々補助・妨害魔法を専門に修得していた筈のレポリスだが、配下としての能力ブーストは主との親和性に影響される。


「……下手したら嫁以外で範囲火力一番高ェのあいつなんじゃねェの?」

『まぁのう……。そもそも魔法を扱える人数が少ないと言えば少ないのじゃが』

『そう言えば、私も何か新しい魔法使えるようになってました』

『……よく分からない魔法は、早めに試しておいた方がいいわよ……。……こういうオーバーキルで構わない相手がいる間とか、ね……』


 そんな会話を挟んで、再度、振動。


『……これは酷い魔法ね……』

『ワシらが言うのも何じゃが……一撃の大きさに偏り過ぎじゃろう』

「魔法型オレとか言うなよォ? ……いや違ェか、速さ犠牲にはしてねェし」

『あれ!? 何で私が悪い風になってるんですか!? 確かに自分でもちょっとびっくりしましたけど!』


 なお、この場合の『よく分からない魔法』というのは主ことダンジョンマスターが編み出した複合属性魔法の事だ。属性適正があれば配下でも習得できるので、実はもう1人の魔法型であるショウヨウもそれなりの数を習得している。

 回復方面は微妙に習熟不足なダンジョンマスターだが、攻撃の方は言わずもがな。配下となった時点の能力とブーストによってはいきなり戦略級の魔法を使えるようになる事もあるのだった。


『……今思ったのだけど。……交互に魔法を撃ちこむだけで終わらないかしら、これ……』

『あー、うむ…………否定できんのう』

『さ、さすがに神であるなら、それだけで倒せるほど甘くはない、と思う、ことは思うんですけど……』

「まァなンだ……嫁なら「近接組が出撃する程近くに寄られた時点である程度詰んでるっつの」ぐらいは言うだろォなァ」


 隣の大部屋で様子を窺いつつソールが念話に投げた例え。

 一瞬の沈黙を挟んで、ものすごく納得した声が揃って響いた。








        

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