第六十八話【これが歴史に学ぶという事だ2 『セブン・アイズ』構想】
(中国人のアメリカに近づくための基本戦術は決まり切っている)そう天狗騨記者は断ずる。
(中国人の連中は、第二次大戦において『中国とアメリカがファシズムに勝った戦勝国同士』であることをアメリカ人にアピールし、と同時に当時敵国同士だった日本とアメリカの対立を誘引させる——)
(ただ、アメリカ人と中国人では言うことが完全に同じにはならない。アメリカ人は『民主主義がファシズムに勝った!』と言うが、中国人はただ『ファシズムに勝った!』としか言わない)
(この『民主主義が』の有無が決定的な鍵となる)
(だからアメリカ人に対してこう訊いてやればいい、『第二次大戦においてあなた方は『民主主義が勝った』と言うが、ならば中華人民共和国のことを、あなた方アメリカ人は民主主義国と考えているのか?』、と)
もちろん誰に訊こうと誰一人『中華人民共和国は民主主義国だ!』などとは言わないのは解りきっている。だが敢えてこの常識を問うことで公然とアメリカ人にプレッシャーを与える事が天狗騨の目的なのである。特にこれがリベラル系アメリカ人相手には絶大な効力を生むであろうと考えるのである。
(これを言ってやれば、たとえ中国人が『第二次大戦』を使おうとも、アメリカは中国とは絶対に連携できなくなる。特にリベラル系アメリカ人はそうなる。もしも意気投合して連携などしたらアメリカの歴史観が虚偽の歴史であることを自ら宣伝してしまうことになる。むしろ第二次大戦と絡める中国との連携をアメリカ人の側から切るかもしれない。第二次大戦を〝米中接近の封じ手〟にしてしまうことが重要だ)
(それをした上で、日本の『ファイブ・アイズ』加盟問題については、〝逆提案戦術〟を使えば良い。日本が断るのではなく相手の方から断る形に持っていく——そうすれば断られた側からの日本ネガティブキャンペーンは実行不能となる)
(そのために、『セブン・アイズ』構想を逆提案する。『7』とは日本の他にもう一つを加えるということ。どこが加盟するかといえば——それは『台湾』)
(〝中国に対抗するため〟が日本を『ファイブ・アイズ』に加盟させる大義なら、台湾を加えぬ道理が無い。台湾島が中華人民共和国の手に落ちるか落ちないかはアメリカと中国のどちらが太平洋において勝利するかという勝敗決定要因にすらなる)
(しかし根が親中派なリベラル系アメリカ人達は『台湾加入』といったそんな提案は当然蹴るだろう。今なお『中国との対決を否定はしない。だが中国と協力できる分野では協力すべきだ』という姿勢をとるのがリベラル系アメリカ人だ。台湾を持ち出せばほぼほぼブレーキ役となる。しかしそうした行為は独裁国家の中国に配慮した形となるのは必然だ。一方で日本は〝民主主義〟という価値観に重きを置いた提案をリベラル系アメリカ人に蹴られた形となる。必然的にアメリカの国論は真っ二つに分断する。アメリカ合衆国国内における一方的日本叩きはこれで不可能となる。したがってアメリカ合衆国は国を挙げて親中はできない。反中感情をアメリカ国内にくすぶり続けさせることができる)
(要はアメリカに〝正義〟という金看板を与えないような政策を日本は採ればいいだけだ)
だからこそ天狗騨記者は『立憲政友会』と『立憲民政党』をわざわざ解党し、『大政翼賛会』というたったひとつの政党にしてしまった近衛文麿を許せないのである。
(一方で「台湾、『ファイブ・アイズ』加盟」を言い出した日本に中華人民共和国が激しい敵対意識を持つことは確実だ。しかしアメリカと中国を対立させておけばその怒りは抑制的にならざるを得ない)
米中分断、そしてアメリカに〝正義〟という金看板を与えないこと。この二つを心がけておけば日本にある程度の外交的単独行動主義をとる余地ができる、と天狗騨記者は考える。
『もし瓢箪から駒で本当に『ファイブ・アイズ』台湾加盟が認められて『セブン・アイズ』になってしまったらどうするのだっ⁉ その時は日中関係は決定的となるだろう!』と問う向きもあるだろう。
実は天狗騨は(別にそれでも構わない)と考えている。
彼は真のジャーナリストであるが故に中華人民共和国と民主主義を比べた場合に、民主主義の方を上位の価値観だと断ずるからである。
(偉大なるは李登輝だ。もし台湾が蒋介石の政体を今なお現在に引きずり国民党一党独裁体制のままだったなら、世界中の国々が中華人民共和国の方についても一片の道議的問題すらも発生しなかったろう。それこそ中華人民共和国の思うつぼだった——)そう天狗騨は改めて感嘆する。
これは天狗騨にとって歴史に学んだ結果である。
さて、一方で彼は常々疑問を持っている。この日本の周りを囲んでいる〝歴史周り〟のレベルの低さをどう理解したらいい? どうやったら高くなるのかと。
(日本において『歴史に学ぶ』というその意味が『日本人だけを歴史で痛めつける!』ということになっている。『日本人が過去について謝罪して反省すること』に限定されている)
『侵略』『植民地支配』『南京大虐殺』『東京裁判』『A級戦犯』『従軍慰安婦』のいわゆるASH新聞六点セット。
(これで日本人を謝らせて、そうすると日本の未来は安泰か? そうすると将来の戦争を防げるのか? これで歴史に学んだことになるのか? これは特定の価値観の強要を目的とする圧力に過ぎず思考とは言わない!)
天狗騨記者は数秒ばかり薄ぼんやりしていたようだった。彼の中で今まで積み重ねてきた思考がサーッと頭の中を通り過ぎたような、そんな気が彼にはした。目の前ではリベラルアメリカ人支局長が『日本のアジア諸国に対する侵略がどうのこうの』とわめいている。
(『敗戦国民である日本人にさえ謝らせておけば世界は平和になる』、こんなことを本気で考えているらしいのがここにいる人間達だ。ASH新聞の紙面がそう語っている。次また戦争をしてしまいそうな者がいるとすれば、敗戦で様々なものを失った国ではなく、戦争で様々な利益を得た戦勝国の方だろう。その戦勝国に完全無欠の免罪符を与えることが次の戦争を防ぐことに繋がるのかどうか、少しでも論理的に考える能力があるならその程度のこと誰にでも思いつく)
しかし天狗騨記者は〝誰にでも思いつく〟と思ったのだが、現実にはこの場にいる人間の誰も〝そうしたこと〟は思いついていないようだった。
(このASH新聞社員も個々人は秀才だ。学歴はそう悪くはない。しかしどうしてそうした秀才が集まり固まった途端に莫迦の集団と化すのか)天狗騨の中に虚無感が吹き抜ける。
(似ている)と天狗騨は思う。
それは軍部であった。ここにいる連中はあの時代の軍人連中に似ている。『陸軍士官学校』、『海軍兵学校』。或る時代『東京帝國大学』よりも入るのが難しかったのがそれら軍幹部になるための学校だった。秀才達が集まり塊になるとなぜか莫迦の集団が出来上がる——
天狗騨記者は改めてリベラルアメリカ人支局長の顔を見る。
早く答えろだのどうして答えられないのかだの、不思議と勝ち誇ったような顔をしてモノを言い続けている。しかし天狗騨の心の内には罪悪感どころかこの手の人間に対する嫌悪感しか湧いてこない。
(日本を悪玉にしておけば世界が平和になると、オマエは心底から信じているのか?)
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