第六十三話【君主制と戦争の相性】

「昭和天皇が平和主義者だと言うノハ戦後造られたイメージのようにシカ見えナイ! だいいちどうシテ『昭和天皇の意向』とヤラをお前が知ってイル? 知るはずがナイ!」


「確かに昭和天皇の内心がどうであったかを私が知るわけがない。しかし論理的考察によってその内心を明らかにすることができます」天狗騨記者はリベラルアメリカ人支局長の問いにそう言い切ってみせた。


 通常、保守派・右派なら〝御製の短歌〟などを引き合いに出し、いかに昭和天皇が平和主義者だったかを説明するところである。しかしこれがアメリカ人を納得させうる主張かというとそこは疑問符がつくしかない。その説明は必然的に昭和天皇がどれほど平和を愛し日本国民のことを考えていたかという一種偉人伝のようになってしまうからである。〝その短歌〟の解釈を巡り、上手いこと日本人に言いくるめられたような気分になり『昭和天皇にどこまでも忠誠を尽くす日本人』というアメリカ人が持つ従来からのステレオタイプをさらに強化するだけなのである。

 しかし天狗騨記者は保守派でも右派でもなかった。したがって彼の主張は悪い意味(?)で論理的だった。天狗騨は口を開く。

「第一次大戦の結果どれだけの国で君主制が廃止されたでしょうか?」


「アッ!」と思わず驚嘆の声を出してしまうリベラルアメリカ人支局長。もう彼にはこれだけ言えば充分であった。


「負けた側のドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国はもちろんのこと、勝ちもしないが負けてもいないロシア帝国でさえも君主制国家としての歴史はここでピリオドです。既に第一次世界の頃から君主にとって戦争とは家の断絶を招きかねない危険な政策になっていたのです」



 ちなみに第一次世界大戦の結果、ホーエンツォレルン家(ドイツ帝国)、ハプスブルク家(オーストリア=ハンガリー帝国)、オスマン家(オスマン帝国)、ロマノフ家(ロシア帝国)がそれぞれ君主の座を追われ、同時に四つもの君主制の国が崩壊したのである。



 リベラルアメリカ人支局長は呆然と立ち尽くしている。そこへ天狗騨がとどめを刺しに掛かった。

「洋の東西問わず君主が最も望むことは家系・家名を無事次代へと繋げることです。日本の君主である昭和天皇が第一次大戦の結果を見て戦争などやりたがるでしょうか? やりたい理屈がそもそも無いんです!」


 天狗騨記者が口にしたのはいわゆる〝功利主義〟であった。


「——しかしこれを君主自身の身勝手と国民が言うのも正しくない。〝〟の目指す理想の社会は〝〟です。戦前の一般国民の立場としては戦争となれば徴兵され戦地へと送られるのですから、昭和天皇と一般国民の〝〟は一致していたと断言しても構わないでしょう」


 さすがに天狗騨も嫌みったらしく『ベンサム』や『ミル』といった人の名前を持ち出しはしなかったが、アメリカ人にぶつけるのなら〝御製の短歌〟よりも〝イギリスの権威筋〟の方が効果があるに違いない、と判断したのだった。そして事実その目論見通りになった。リベラルアメリカ人支局長は『昭和天皇が戦前から平和主義者だったというのは疑わしい』とは二度と言わなくなり、別の話をし始めた。


「それではなぜ日本は戦争をしたノカッ⁉ 理由が無くなってイルではナイカ!」


「簡単なことです。戦前の一般国民の決して少なくない数が政府よりは軍部の方にシンパシーを感じていたからです。理不尽な事を仕掛けてくる外国に武力の行使すら辞さぬ毅然とした姿勢をとる! 洋の東西を問わず人気の出る政策です」

 なんと天狗騨記者、あっさりさりげなく日本が戦争をしたのを『外国のせい』にしてみせた。


「それは矛盾ではナイカ! 戦争に行きたくないが武力行使を支持すると言うノハ!」


「矛盾ではありません。洋の東西問わずどこも同じです。例えば同時多発テロ後アメリカの行った、対アフガン戦争では開戦初期の武力行使の支持率がもの凄いことになっていましたが、戦争がいつまで経っても終わらず被害が積み上がっていくと当初の支持率からは信じられないような目も当てられない支持率になりました。徴兵制を採用していなくてもこれです。武力を使えば被害者が出るのは最初から誰にでも解っていた筈ですがそれでも武力の行使を支持してしまう。矛盾があるとすれば人間そのものが矛盾なのです」


 解ったような解らないような事を言われ、その上アメリカの戦争がけなされたと感じたリベラルアメリカ人支局長は非常に腹を立て別の矛盾を衝いてきた。


「矛盾はそれだけデハナイ! 当時の日本人は天皇より軍部を支持してイタという理屈だ、それハ!」


「天皇は血筋でその地位にいるので、人気の出る政策など語る必要が無いんですね。〝人気〟が必要なのは政府です。軍部は当時の政府に比べて人気があったということで、比較対象は天皇じゃあありませんよ」


「それでは昭和天皇には全くナンノ責任も無い無責任な存在という事になるではナイカ!」


「いいえ、昭和天皇は決して無責任ではありませんよ」天狗騨は言った。


 リベラルアメリカ人支局長としては天狗騨のことを〝昭和天皇については僅かの責任も認めない〟という極右に違いないと既に思い定めていたため、天狗騨のこの返答は実に予想もしないものだった。

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