第五章 過去ではなく、未来の戦争の話しをしよう
第三十話【日本が一カ国で北朝鮮に対抗できないのはなぜか?】
天狗騨記者は言った。
「現実に軍事の話しをするなら、日本一カ国で北朝鮮に対抗しようと思っても無理です」
「ほうれみろ! ハハッ!」左沢政治部長は実に幼児的に喜んだ。
天狗騨記者は眉間に皺を寄せる。
「〝ほうれみろ〟で済む単純な話しじゃあありませんよ。そこには〝能力〟と〝選択肢〟の問題があるんです」
「ハ?」
「純粋に〝能力〟の問題なら〝日米韓の連携〟が解でもいいんです」
「じゃあいいじゃないか!」
「あなたには『能力の問題』と『選択肢の問題』の区別がついているんですか?」
「言語明瞭! 意味不明瞭! そんなんでマウントをとったつもりかっ⁉」
天狗騨記者はこの挑発を無視した。
「『日本には北朝鮮に対抗するだけの軍事的能力が無い』と『日本には北朝鮮に対抗するだけの軍事的選択肢が無い』の違いについて、私は言っているんです」
「同じだ。そんなものなど」
「つまり、日本に〝軍事的能力〟が無いために〝軍事的選択肢〟が無いと、そういう意味ですね?」
左沢の背筋が凍った。天狗騨の言わんとすることがたった今始めて解った。なぜなら天狗騨の言うことは裏を返すとこうなる——
『日本に〝軍事的能力〟があれば〝軍事的選択肢〟もある』
そして現実に日本には……能力だけはある————。そう、北朝鮮に対抗できる程度には。
「いやっ、天狗騨、違うぞそれは!」と左沢は大慌てで否定する。
「しかし『日本一カ国だけでは北朝鮮に対抗できない』と言うからには、どう考えても次にその理由の説明が求められるのが当たり前ですよ。能力が無いからなのか、選択肢が無いからなのか、どちらです?」天狗騨が訊いた。
「違うっ、違うっ!」
「私は『どちらか?』と訊いているのに答えが『違う』はないでしょう」
「二択など暴論だっ!」
「〝二択〟じゃあありません。これは説明責任の問題です。軍事的に日米韓の連携が無ければ日本が困ると、そう〝答え〟だけは明確に言っておきながら、〝なぜ必要か〟について広く日本人を説得しようとはしない。その態度こそジャーナリズムにあるまじき態度です。その答えが出るまでの過程を省いた主張などあり得ません! 説得しようという姿勢がゼロだ! そこにあるのは『当たり前なんだから当たり前の事に疑問を持つな!』という、あるいは『お上の方針に異議をとなえるな!』という、上意下達の同調圧力だけですよ!」
「なにが〝説明責任〟だ。二択は二択だ!」
「その二つ以外に北朝鮮に軍事的に対抗できない理由が思いつかないので結果的に二択になっているだけです。『日本の軍事的能力では北朝鮮に対抗できない』と言った方が〝日米韓の軍事的連携〟について多くの人々を説得できますが、『日本の軍事的選択肢では北朝鮮に対抗できない』と言った場合、受け取る側が引っかかるんじゃないですかね。『おかしいんじゃないか』と。なぜそんな〝軍事的選択肢〟しかないのかと」
「何が言いたい? お前は!」
「実際に軍事的能力についてまったく見込みが無いのなら現実問題として日米韓の連携はしょうがないでしょうが、軍事的選択肢を限った結果、能力に制限がかかっているのだとしたら、さて、『日本は北朝鮮に軍事的に対抗できない』と声高に主張することは果たして良いことでしょうか?」
「おっ、お前は憲法九条が唱える平和主義を否定する気かっ⁉」
「ここで憲法九条を持ち出すと『憲法九条があるから日米韓の軍事的連携が必要だ』という結論になりますが、それでいいんですか?」
もはや左沢には何も言えなくなっている。
「案外、『日本核武装』はこうした〝失策の主張〟から生まれるんじゃないですかね」
(遂にそれを口に出しやがった!)左沢は狼狽し「なっ、何を言うか!」と言うのが精一杯。
「日本一カ国で北朝鮮に軍事的に対抗する、という道を選ばせないのが他ならぬこのASH新聞じゃないですか。『日本は北朝鮮に軍事的に対抗できない』と我々ASH新聞が言うのは間違いですよ。『日本を北朝鮮に軍事的に対抗させない』という意図を捨てるつもりも無いのに『日本は北朝鮮に対抗できない。だから日米韓の連携だ!』などと言うのは自殺行為ですね」
「天狗騨、じゃあお前の〝現実主義〟はまさかその『日本核武装』じゃあるまいな⁉」
「隣国の独裁者が核ミサイルをこちらに向けている状況で軍事的現実主義の話しをさせれば当然そこに行き着きますよ。当たり前じゃないですか」
(コイツ、ASH新聞記者のくせに日本核武装を肯定しやがった!)左沢政治部長は激しく憤ったが、ここで〝軍事的現実主義〟の話しを始めたのはそもそも左沢である。
「違うっ! 違うぞっ! 日本核武装など空想主義だ! 日米韓の連携こそが、やはり軍事でも現実主義なんだ!」左沢政治部長は怒鳴った。今日何回怒鳴ったか分からないくらいだがまた怒鳴った。
「『日米韓の連携』を唱えれば現実主義者になれると思ったら間違いですよ。軍事的に考えるならなおのこと空想主義者がどちらか解らなくなります」天狗騨記者はさらりと返した。
「なぜそんなことがお前に言える⁉」
「誰がなんと言おうとそれは〝他力本願〟でしょう。他者が必ず助けてくれる、外国の善意は必ずある、と確信することは現実主義とは言えません」天狗騨記者は言い切った。
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