第16話 呪いをかけられていたのは誰?

 昨日と同じく、王宮にイサギは入る許可を得ているようで、警備兵は快く案内してくれる。取次ぎをお願いしたのは、セカンドとレンで、イサギの名を出せば二人は快く応接室にイサギを通してくれた。

 豪奢な刺繍のあるソファは座り心地が良いが、それに浸っていられるほどの余裕もない。金糸雀は確実に弱っていて、時間はあまりなかった。


「俺は魔術具には詳しないんやけど、レンさん、教えてくれるか?」

「俺に教えられることやったら、何でもおしえちゃるよ」


 真剣な眼差しのイサギに、真剣に答えたレンに、セカンドが「まぁ」と声を上げる。


「レン様、あなた、わたくしの前でそんな喋り方をしたことがありませんよ。その子とはそんなに親しいのですか?」

「いえ……サナさんと雰囲気が似ているし、王都の格式ばった喋り方ではないイサギさんの喋り方を聞いていると、コウエン領での暮らしを思い出します」


 捨て子だったレンは、領主に仕える魔術具職人の魔術師が、才能を見出して育て上げて、作り出す魔術具の見事さに王宮の工房に招かれ、魔術具に魔術を込めることができるセカンドに気に入られて側仕えにまでなった。


「呪いの話でも協力して欲しいんやけど、レンさんは、サナちゃんのこと、どう思ってはるか、聞きたいんや」


――くださいって……レンさんの気持ちはどうなるんですか?

――私をもらって、私の気持ちはどうなるんですか?


 呪いを解いた暁に願うことをエドヴァルドに告げたイサギに、真っすぐに帰って来た言葉。

 まだエドヴァルドの気持ちは分からないが、レンの気持ちも蔑ろにするわけにはいかない。


「セカンド姫さん……やなかった、女王さんが好きなんか?」

「まさか、わたくしとレン様は仕事仲間のようなもので、良き友人です」


 父である国王は姉妹を顧みない。黒い噂のある魔女が入り込み、国を乗っ取ろうとする。そんな環境で、心許せる友人は貴重なものだ。何よりも、20歳のセカンドよりもレンは10歳も年上だった。


「レンさん、30歳なんか。見えへんわ」

「肌の色が違うからやろうねぇ。顔立ちも、コウエン領の人種はちょっと違っとるもんね」

「サナちゃんのこと、どないに思うてはる?」


 大事なことだと重ねて問いかければ、レンは紫色の瞳を僅かに揺らした。言葉を選んでいるのだろうが、答えが肯定的なものか否定的なものかで、イサギの行動も変わってくる。


「領民の教育に力を入れとるって、噂は聞いとった。俺も捨て子やったけん、立派な行いやと思う。あのひとは、魂の美しいひとやと思う。姿も美しいけど……」


 浮かされるようにぽつりぽつりと零れる言葉に、熱が籠っている気がして、イサギは胸を撫で下ろした。無自覚のようだがレンはサナを嫌ってはいない。隣りで聞いているセカンドもそれに気付いたようだった。


「わたくしが呪いをかけられていた間に、レンさまを守ってくださったお礼をせねばなりませんね」

「そうしてくれると、サナちゃんも喜ぶと思います」


 お願いしますと頭を下げてから、イサギは本題に入った。


「ファースト女王さんは、魔女の前に出たときに、魔術具をイヤリングしか付けてはりませんでしたよね」

「髪飾りは、大事な金糸雀と取り換えたとお姉様から聞きました。ネックレスは、わたくしを助けに地下牢に入って、金糸雀を毒から守るために砕けさせてしまったと」

「ファースト女王は、妹君のセカンド女王のお作りになった魔術具しか付けんとよ。元々、魔術の効きにくい体質で、ご自分で解呪の才能もお持ちだから、基本的に付けんでいいみたいっちゃけど、セカンド女王がファースト女王を気遣って作ったものだけは付けらっしゃると」


 説明してくれる二人に、イサギの疑問は募るばかりだった。なぜあのイヤリングだけ無事だったのだろう。セイリュウ領の中庭でレンがサナに挑んだ戦いで、手加減をして、掠る程度でレンを傷付ける気のないサナの攻撃ですら、過剰に守るようにレンの付けていた魔術具は弾けて壊れて行った。

 毒に晒されていて、ネックレスは金糸雀に付けていて壊れたのならば、なぜあのイヤリングだけ。


「ちょっと、セカンド女王さん、魔術具を外してファースト女王さんのところに連れてってくれませんか? レンさん、壊れてもいい魔術具を付けてきてくれはる?」

「イサギさん、呪いを解く手段を思い付いたっちゃね。協力する」

「わたくしも、協力致しますわ」


 取次ぎを頼めば、ファーストの方からこの応接室にやってきた。セカンドと同じ顔立ちだが、軍服を着ているがために中性的な美しさを備えたファーストは、変わらず金の月の装飾にムーンストーンのティアドロップの付いたイヤリングを付けていた。

 髪飾りとネックレスとイヤリングのお揃いで、姉の安全のためにセカンドがレンと一緒に作って贈った品物。


「私の愛しい金糸雀の呪いを解く方法が見つかったのか?」

「恐らくは。あの、金糸雀さんは、大事に守っとってください」

「何をするつもりだ?」


 問いかけたファーストの前にイサギが取り出したのは、紐で宙づりにされた人参マンドラゴラだった。じたばたともがく人参マンドラゴラの頭を引っ張ると、恐ろしい耳をつんざく悲鳴を上げる。


「びぎょええええええええええ!」


 マンドラゴラ系の収穫には、高等なテクニックがいる。素人が安易に手を出せば、彼らの持つ『絶叫』で激しい頭痛や吐き気を引き起こすのだ。

 反射的に魔術を編んで身を守ったセカンドの隣りで、レンの付けていたネックレスが弾けて壊れた。


「なんのつもりか、返答次第では覚悟をするが良い」

「レンさん、ファースト女王さんのイヤリングを確認してや」


 破損する気配のなかったイヤリングをファーストが白い手袋をつけた手で外して、レンに渡す。覗き込んだセカンドが息を飲んだ。


「これは、わたくしたちの作ったものではございません」

「……どういうことだ?」


 大事に手袋を付けた手で守られていた金糸雀は、虫の息だがまだ無事である。それを確かめて、イサギはファーストに自分の考えていた答えを告げた。


「あの魔女は元々王宮の工房の魔術師として雇われたものやと聞いております。セカンド女王さんの呪いが解けへんかったんは、ファースト女王さんの信頼が問題やなかったんです」


 解呪の魔術に互いの信頼は不可欠だが、双子で生まれてからずっと寄り添って生きてきたファーストとセカンドが、一瞬疑った程度で、完璧に信頼関係が壊れてしまうはずがない。

 魔術もかかりにくく、軍人並みに鍛えているファーストを、正攻法では倒せないと理解していた魔女は、自責の念に駆り立てて、自ら国から出ていくように仕向けるために、あらかじめ魔術具をすり替えておいたのだ。

 魔術にかかりにくいファーストでも、妹から贈られた魔術具には油断して、入浴時以外肌身離さず身に着けて、大事にしている。


「呪いをかけられていたのは、私もだったのか」

「そうです。そして、金糸雀さんの呪いを解けるのも、ファースト女王さんだけです」


 自分は魔術にもかかりにくく、軍人並みに鍛えていて、解呪の魔術も持っているので、狙われても返り討ちにできるというファーストの自信が、自分自身に呪いをかけられる可能性など脳内から除外していた。

 手の平の上でぐったりと目を閉じている赤銅色の金糸雀に、ファーストはそっと唇を寄せた。

 古今東西のおとぎ話で、お姫様の呪いを解くのは王子の口付け。

 この場合は金糸雀の呪いを解いたのは、女王の口付けだった。

 色を失いかけていた嘴に三度口付けると、ファーストの腕の中に姫抱きにされるようにして、イサギと年の変わらぬ少年が現れる。大きな黒い目に大粒の涙を浮かべた少年は、ぎゅっとファーストの胸に縋り付いた。


「僕は、海を隔てた隣国で、女王の愛人だった宮廷楽師に、その座を奪われると恐れられて、金糸雀の姿に変えられて、売り飛ばされました……」


 呪いを解く歌を歌えば歌うほど、命を削ると分かっていても、凄惨な呪いをかけられて金糸雀の自分に縋るしかない相手を、見捨てることができなかった。最後にこんな高潔なひとの大事な妹を助けて死ねるのならば、それでいいと思っていたのに、ファーストは約束を守って、自分を助ける方法を必死に探し、呪いを解こうとしてくれた。

 ファースト自身に呪いがかけられていて解呪の魔術が使えなかったのは誤算だったが、その誠実さと高潔さに、金糸雀だった少年もまたファーストに愛情を持ち、信頼して解呪は成立した。


「私の愛しい金糸雀。私にも妹にも名前がない。私たちを救ってくれたそなたが、私たちの名前を付けておくれ」

「僕で良いのですか?」

「そなたでなければ、いけないのだよ」


 しっかりと抱き合うファーストと、彼女よりも小柄な少年の二人の光景をうっとりと眺めているセカンドとレン。

 まだイサギにはやらなければいけないことが残っていた。

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