第15話 壊れない魔術具

 言葉を濁したまま、はっきりと「嫌い」とは言えずに、時間も遅かったので部屋に戻ってしまったエドヴァルド。客間の整えられたベッドに横になると、ふかふかの布団に包まれて考え事をしていた。

 目を閉じても眠気が来ないので、エドヴァルドと風呂上りにサンドイッチを食べながら話していたことを思い出す。


「レンさんは浮世離れしたひとだって話ですからねぇ……そうですねぇ、サナさんのこと、嫌ってはないと思いますが、決定的に通じていませんよね」

「浮世離れっていうか、鈍い御人な気ぃするわ。エドさん、協力してくれはるの?」

「イサギさんが何を願うかはイサギさんの自由ですが、ファースト女王の伴侶の呪いが解けないことには、大団円とはいかないでしょう」


 腹違いで、生みの親の地位が低かったがために、前国王の兄だったがエドヴァルドの父親はテンロウ領の公爵の娘と結婚して領主となって、公爵の地位を手に入れている。公爵家の長男ではあるがエドヴァルドは王族で、ファーストとも交友がないわけではない。


「元々、あの方は解呪の魔術がお得意なのですよね。でも、解呪には互いの信頼関係が必要で、ドラゴンになった妹君を前に、あの方は怯んでしまった……」

「信頼関係って、そんなに簡単に崩れるものやろか」


 目の前で双子の妹のツムギが醜いドラゴンになってしまったら、それはイサギも怯むだろう。しかし、それをツムギだときちんと理解して、解呪の魔術を使えば発動しないはずはないのに、なぜその魔術が発動しなかったのか。

 どうにも腑に落ちない。

 イサギとツムギも双子でお互いしか頼ってこれなかったようなところがあった。ファーストとセカンドも双子で、生まれたときに母を亡くし、父からは顧みられず、二人きりで寄り添って生きてきたのだろう。それが、一瞬の怯み程度で信頼関係が崩れるはずがない。

 そんなに柔な信頼関係だったならば、ファーストは自分の伴侶にしようと思っている金糸雀の命を危険に晒してまで妹のセカンドを助けなかっただろうし、異国に呪いを解く手段を求めに行かなかっただろう。


「なんやろ、めっちゃ引っかかる……」


 魔術具が防衛のために使われたら砕けるのは、レンがサナと戦うのを見ていたから、イサギはよく分かっている。しかし、攻撃を受け流していたが、ファーストの耳の金色の月の装飾にムーンストーンのティアドロップの付いたイヤリングは、砕けていなかった。

 あのとき、ファーストがイヤリング以外の魔術具を付けていなかったことも気にかかる。

 確かめてみようと決めて、イサギは浅い眠りに入った。

 夢の中でセイリュウ領でイサギは魔術学校に通いつつ、家に帰ったらエドヴァルドが食事を用意して待っていてくれる新婚生活を見た。学校の後に薬草畑で働いて、疲れ切ったイサギを、玄関先で抱き締めて労ってくれるエドヴァルド。

 男同士で愛し合うことは、子どもはできないが、行為自体はできないわけではないとは知っている。具体的な方法は知らないが、エドヴァルドに抱き締められて、エドヴァルドを抱き締めて眠る夜はどれだけ心地よいのだろう。

 目が覚めてからそれが現実ではないのが妙に寂しく、落ち込んでしまったイサギは、着替えて朝食の席に呼ばれたが、広いテーブルに委縮してしまった。

 何人もの使用人が給仕をして、上品に進められる朝食。料理の皿を出されるたびに、びくりと震えて椅子から飛びあがり、緊張してガチガチのイサギのために、エドヴァルドと、同じ青い目にブルネットの癖毛の青年が、近くの席に移動してきてくれた。


「エドヴァルド様、クリスティアン様、食事の途中で席を変えるのは品が良くありません」

「品、ねぇ。兄さんも僕もそんなの気にしないし」

「客人を一人にさせるのは、家の主ホストとしてどうかと思います」


 気にせずに近寄ってきてくれた二人のおかげで、何も口に入れられず、パンをちぎっていただけのイサギも食欲がわいてきた。

 エドヴァルドが作ったものならば、オートミールもポトフもカリカリに焼いたバケットもサンドイッチもスープリゾットも、なんでも美味しかった。エドヴァルドを真ん中にして長いバケットを切らずにサンドイッチにしたのを、両側からイサギとツムギで噛り付いて、エドヴァルドは真ん中から攻めるなんてことを、サナの領地の街外れでやったときには、三人で「食べにくい! でも美味しい!」と大笑いをしたものだった。


「お口にあいませんでしたか?」


 ほとんど手を付けられていない皿を下げる執事に、「下賤な輩には上等すぎる食事だったか」というニュアンスを感じ取って、イサギは自分が歓迎されていないことを思い知る。男性なのに男性のエドヴァルドに求婚していることは、口には出さないが使用人の全員が知っているのだろう。

 魔術師は血脈で受け継がれるので、下級の貴族くらいならば、魔術師としての才能だけで、歓迎されて婚姻を望まれるのかもしれない。しかし、アイザックの家は王族にも血脈を連ねる大貴族で、魔術師として、騎士として、王に忠誠を誓っている身だった。その結婚もまた、王家のためにならなければいけない。

 中途半端で男性のイサギ程度が手の届く相手ではないと思い知らされる気がするが、それでも、諦められる気はしなかった。ファーストの伴侶の呪いを解ければ、レンをサナの元に連れて行けるだけでなく、エドヴァルドとの結婚も許されるかもしれない。

 結婚した先が、針の筵であったとしても。


「君がイサギでしょう? 兄さんに泣いて縋って、求婚したって、凄い勇気だよね」

「そ、そうやけど」

「しかも、ファースト女王の伴侶の呪いを解こうとしている。手掛かりは見つかったの?」


 キラキラと輝く19歳のクリスティアンの青い目は、好奇心に満ち溢れている。それが不思議と嫌な感じがしないのは、エドヴァルドと同じ色だからだろうか。言葉も嫌みな感じは少しもなく、協力しようという姿勢すら感じられた。


「魔術具って、魔術や攻撃から身を守ったら、壊れるやないか」


 魔女と対峙した場で、ファーストはイヤリング以外の魔術具を付けていなかった。それは、毒の息を吐くドラゴンになったセカンドを助けに行く途中で壊れてしまったのかもしれないが、それにしても、なぜイヤリングだけは壊れる気配がなかったのか。


「そういえば、あの魔女は、最初、魔術工房に雇われて王宮に入ったという話だね」

「……そういうことか!」


 多少は攻撃の魔術が使えるが、覚えている限り、イサギの母親はどちらかといえば魔術で魔術や姿を変容させるような呪いを得意としていた。攻撃の魔術のみならず、結界も得意とするサナには全く敵わずに、才能のあるイサギとツムギを鍛えて暗殺に臨んだのも、自分がそれをできなかったからだ。

 今回の出来事も、サナへの復讐と国を乗っ取るためならば、あの狡賢い魔女が、ファーストの解呪の能力に目を付けないはずはない。


「僕も、そう思ってた」


 何も言わずとも答えは分かっている。ただ、それを証明する手段がないと告げるクリスティアンに、イサギは食事を終わらせて、大急ぎで客間に戻っていた。荷物を纏めて、ストラップのように紐で拘束されて吊り下げられている人参マンドラゴラに水をやって、出かける準備をする。


「待ってください、イサギさん」


 呼び止められて待っている間に、クリスティアンが声をかけてきた。


「兄さんは、セイリュウ領で失くし物をしたんだ。それは前国王からいただいたもので、結婚のときに持っていくはずだった。それが手元に戻らない限りは、結婚できないという理由で、兄さんは結婚を断り続けてる」


 それがただの口実なのか、本当に失くしてしまったのか、イサギには分からないが、クリスティアンが重要な情報をくれようとしていることだけは理解できていた。


「エドさんが失くしたものってなんなん?」

「身を飾るもの。テンロウ家の紋章が入っている。二つで対になっていて、魔術が込められている。失くしたのは一つ。一つでは魔術は発動しない」

「なんや、謎かけみたいや」

「そう、僕は謎かけと謎解きが大好きなんだ。見付かったら、ぜひ、どこにあったか教えて欲しい」


 対になっているものを片方失くしたから、なおさら結婚できなくなったのか。もしかすると婚約指輪か、結婚指輪だったのかもしれない。結婚したくないから捨ててしまったのだったら、それを見つけることは不可能に近い。

 考えている間にエドヴァルドは小さな包みを持って戻ってきた。


「サンドイッチを作りました。急いで作ったから、昨日のものと変わりありませんが、時間があるときに食べてください。水筒は飲んだら棄ててしまって構いません」


 朝食の席では緊張して食べていないことに気付いて近くに来てくれたし、ほとんど食事に手を付けずに出かけようとしたら、サンドイッチと水筒を持たせてくれる。細やかな心遣いに、イサギは感動して涙が出そうだった。


「こんなんされたら、惚れてまう。もう惚れてるけど。好きや。愛してる。絶対にエドさんを勝ち取って帰ってくる」

「レンさんじゃないのですか?」

「そっちもやけど!」


 少しばかり意地悪な物言いに、イサギはそんなところも好きだと思いながら王宮に出向いた。

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