第51話 ネヴァー・イズ・ア・プロミス(5)

(1)

 

 レースのカーテンで閉めきった窓の下、トップに天使を立て、枝に飾り玉、ベル、柊、スノーマンのオーナメントを吊り下げたクリスマスツリーが置かれ、星やトナカイを模ったきらきら光るモール素材の飾りがリビングの壁に飾り付けられている。オルゴール調のクリスマスソングのBGM、来客の中にいる幼い子供達の賑やかな声が重なり合って室内に流れている。

 キッチンからリビングに移動させたテーブル、和やかにクリスマスディナーを囲む家族の中にエイミーも混じっていた。


 グレービーソースをかけたターキーと温野菜、大皿に盛られた焼き立てのミンスパイの香ばしい匂い。ナイフで切り取ったターキーと芽キャベツにソースを絡ませ、口許へ運んでゆっくり味わう。ターキーの肉汁がたっぷり沁み込んだソースが肉と野菜の旨味を引き立てている。


「おいしい……」

「でしょ??」

 感嘆の声を漏らせば、右隣に座るシャーロットが得意げな顔でにんまり笑いかけてくる。

「おばあちゃん直伝、うちのグレービーソースは絶品なの。しかも、料理が下手なお母さんでも上手に作れるくらい簡単だし」

「シャーロット、一言余分だ」


 左隣に座るフレッドがすかさず妹を嗜める。

 聖なる日に、間に挟まれた状態で兄妹喧嘩されては堪ったものではない。

 大皿のミンスパイに手を伸ばし、「このミンスパイも、ナッツが多いからか程良く甘い感じで美味しいね」と、さりげなく話題を逸らす。


「えへへ、実はミンスパイ作ったのあたしなんだ」

「シャーロットちゃんが??」

「うん、お母さんやおばあちゃんには『ちょっと入れすぎじゃない??』って言われたけど、エイミーちゃんにおいしいっていってもらえて良かったぁ!」

「あとでレシピ教えてもらってもいい??」

「もちろん!」


 シャーロットと楽しくお喋りする一方、オールドマン家とモートン家、それぞれのクリスマスの過ごし方の違いをまざまざと思い知らされる。モートン家のクリスマスはこんな風に和やかなものではなかった。

 総合病院勤務の父はクリスマスだろうと出勤して家にいなかったし、平素から決して自らキッチンに立とうとしない(自分の階級でキッチンに立つのは恥、くらいに思っていた)母に代わって、家政婦が作ったクリスマスディナーを食べていた。

 モートン家で雇っていた家政婦は一人ではなく複数人いたため、クリスマスディナーの味はほぼ毎年違う。口に合う時もあれば合わない時もあり、その家庭独自の味というものをエイミーは知らない。

 また、クリスマスといえども食事中のお喋り禁止は変わらず。食事中に声がする時は、エイミーの食事作法について母が叱責する時だ。

 誰かと食事をするのが楽しい、一人よりも誰かと食事を摂る方が美味しく感じられる。そう思えるようになったのは家を出てからだった。 


「エイミーちゃん??」

「うん??あ、なんでもないよ」

 シャーロットは一瞬何か言おうとしていたが、結局何も言わず黙り込んだ。

 そして、数秒の沈黙後、先程とは打って変わって明るい声と表情で再びエイミーに話しかけた。

「食事の後にね、皆でゲームするけどエイミーちゃんもやるでしょ??」

「もちろん!」


 シャーロットや場の空気に合わせ、エイミーも明るい笑顔と声で元気よく応えてみせる。

 ダメだ、最近昔のことを思い出すことが多すぎる。

 元同級生との再会やアナイスのクリスマスカードのせいだが、少し、否、だいぶ気にし過ぎている。

 これでは折角の楽しい時間が台無しになってしまう。

 そうだ、自分の中であれらの出来事全てなかったことにして、忘れ去ってしまえ。

 現在の住所をアナイスが知った経緯が非常に気になるけれど、なぜ知ったのかを問い質すために連絡する気など毛頭ない。今まで通り無視していればいい。

 家を出てからというもの、エイミーはアナイスからたまに届く手紙や毎年送られてくるクリスマスカードに一度も返事を出さなかった。

 それでアナイスがエイミーの元へ押しかけてくることは一度もなかったのだから、今回だって黙ってやり過ごせばいい。


 今の自分が心を砕くべきは、目の前の、新しい家族になるかもしれない人達との関係だ。






(2)


 クリスマスディナーの締めで何日もかけてブランデーを沁み込ませたクリスマスプティングを食べ終わると、満腹感と共に眠気が降りてきた。

 しかし、ホームパーティーはまだまだ続くしこれから盛り上がっていく。

 一足先に食事を終え、一旦二階の自室に下がったシャーロットがリビングに戻ってきた。小脇にジェンガの箱を抱え、空いている方の手にトランプの箱を持って。


「ジェンガとトランプ両方持ってきたけど、皆どっちがいい??」

「そうね……、トランプがいいかもね。その方がマシューの子供達でも遊べるだろうし」


 空いた皿を片付けがてらジルが応える。

 フレッドの弟マシューはエイミーより一歳年上の二十四歳だが、早くに結婚してすでに二児の父、中学時代から交際していた妻も彼と同い年である。

 対照的に、三十歳を過ぎても結婚どころか特定の女性との交際の影すら見当たらない(さすがに遊んでいることまでは家族に知られていないが)フレッドを、口には出さなくても家族達はひそかに心配していたようだ。

 結婚は縁あってのものだが、もしかしたらアビゲイルのことで女性への苦手意識、結婚に対する忌避感があるのでは、と少なからず懸念を抱いていたらしい。


 エイミーがフレッドと一緒に初めてオールドマン家を訪れた時、一家から想像以上の歓迎を受けたのが何よりの証拠だろう。

 エイミーもまた、複雑極まる家庭環境にも関わらず和気藹々とした明るいオールドマン家の雰囲気に、実家にはない温かさと居心地の良さを感じていた。


オーリーとキーラマシューの子供達も一緒に遊ぶなら、オールドメイドにしよっか」

「オールドメイド……」

 自らの椅子をテーブルに戻そうとしていたチェスターが呆然と呟き、動きが止まる。

 絶やすことのなかった、快活な笑顔もさっと消え失せた。

「俺は後片付け手伝うから、他の皆で遊んでるといいよ……、痛い痛いっ!」

「曲がりなりにも家長なんだから、あんたは当然参加しなきゃダメでしょうよ」

 チェスターは後片付けを口実にゲームの不参加表明をしたものの(自分の負けが見込んでいるから)、間髪入れずジルが横から耳朶を引っ張る。

「ちょ、ジル……、ジルさん?!痛いから、とりあえず離して?!」

「参加する……、わよね??」

「しますします!するから!頼む!離して?!」


 ジルはふん、と軽く鼻を鳴らし、チェスターの耳朶から指先をさっと離した。

 耳朶を指で撮みながら、他の家族と白い革張りのソファー二脚とガラス製のローテーブルへ移動するチェスターと、ソファーが置かれた場所とは反対側のキッチンへ皿を運ぶジルを、エイミーは色違いの目を丸くして交互に見比べた。

 隣のフレッドは両親の掛け合い(?)に呆れる余り、額を抑えつけている。


「悪い、見苦しいもの見せた……」

「ううん、そんな風には思ってないけど……、ちょっと吃驚しただけ」

「ならいいけど。……俺達もゲーム参加するか」

「あ、待って」


 先に席を立ったフレッドより一拍動きが遅れたエイミーは慌てて席を立ち上がる。その際、後ろを通りがかったマシューの妻に軽くぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」

「大丈夫、お腹には全然当たってないし」

 マシューの妻の言葉にエイミーは心底ホッと胸を撫で下ろした。

 それでも気になり、来年の春頃出産予定という、大きく膨らんだ腹をちらりと盗み見る。

「本当にごめんなさい」

「いいの、いいの。そんなに気にしないで。エイミーさんって本当に優しいのね」

「うーん、どうなんでしょうね」

「あと、私にまで畏まって敬語使わなくてもいいよ??年も一つしか変わらないんだしさ」

「え、あ……、はい、じゃない、うん??で、いいのかな??」

「あはは、エイミーさんってば真面目というか、可愛いね!」

「そ、そう、かな……」

「きっと家族からも可愛がられてたんじゃない??」


 マシューの妻の笑顔と言葉に、他意は一切含まれていない。

 適当に言葉を濁しつつ笑って誤魔化せばいいものを、エイミーは二の句が告げられずにいた。

 不審に思われる前に、何か言わなきゃ。


「エイミーさん。悪いけどさ、食後の紅茶淹れるのを手伝ってくれない??」


 返答に窮していたエイミーに救いの手が差し伸べられた。キッチンから顔を覗かせたジルがエイミーに向かって、しきりに手招きしている。

 嫁であるマシューの妻を差し置いて、と気が引けたものの、当のマシューの妻は特に気分を害すでもなく、むしろ人好きのする笑顔がより柔らかくなった、気がした。


「ふふ、私の時もそうだったけど。お義母さんが紅茶淹れるの手伝って、という時はね、こだわりの紅茶の淹れ方を伝授したいと思ってるのよ」

「…………」


 まぁ頑張って、と軽く背中を押され、エイミーはジルが待つキッチンへと足を踏み入れた。

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