マイ・アイロン・ラング

第24話 マイ・アイロン・ラング(1)

(1) 


  フレッドにとって、メアリとエドは幼なじみかつ、数少ない大事な友人であり、二人にとってもフレッドは特別な存在だった。

 その証拠に、小学校プライマリーから中学校セカンダリーに進級し、卒業間近になってさえ三人は事あるごとにつるんでいる。

 そして今日もまた、いつものようにメアリとエドがオールドマン家に集まり、フレッドの自室で彼と共に過ごしていた。


 エドはフレッドのアコースティックギターを借り、簡単なコードを覚えるの四苦八苦。メアリは我関せず、と言った体で、フレッドのベッドに寝そべって雑誌の頁をパラパラと捲っている。

 フレッドはエドの前に座ってコードを押さえるコツを教えていたのだが――


「ああぁぁ!やっぱ無理!俺にはできない!!」

「何で俺より手も大きくて握力ある筈なのに、簡単なコード一つまともに押さえられないんだ……」

 苛立たしげにネックから離した左手を大袈裟に振るエドにフレッドは呆れ返っている。

「いや、ていうか、ギターは俺の性には合わないってことがよーく分かった!やっぱりドラム叩く方が楽しいわ」

「おい、雑に扱うなよ!」


 あー、やめやめ!とぼやきながら、エドはギターをフレッドに向けて放り出す。フレッドは慌てて奪うようにギターを抱え込み、エドを睨みつける。


「ほんと、フレッドとエドって仲が良いわよね」

 ベッドに寝そべったままメアリは顔を上げ、二人を振り返る。

「そうかぁ??」

 呑気に返すエドと顔を顰めたフレッドを、メアリは深海色の瞳で一瞥する。

「だって、バンド一緒にやってるだけじゃなくて、進路も大学準備課程シックスフォームカレッジに進むし、確か志望大学も同じでしょ??」

「バンドはともかく、志望大学が同じなのはたまたまだ。大体、俺は図書館情報学が学べるからそこを志望しているだけだし。エドは経済学部志望だから学部は違うぞ」

「学部まで一緒だったら気持ち悪い」

「あのなぁ……、そういうメアリは」


 どうなんだよ、と、エドが続けるよりも早く、メアリはこう答えた。


「私??各種職業訓練校ファーザー・エジュケーションに行くわよ。将来はカフェとか出店したいから、その辺りの勉強して資格取るつもり」

「お、おう、そっか……」

「何??」


 尋ねておいて微妙な反応するエドにメアリは眉を潜めるも、特に何を言うでもなく再び雑誌に視線を落とす。そんな彼女の後ろ姿をエドとフレッドが複雑そうに見つめるのには理由がある。


『大きくなったら、お父さんみたいな警察官になるの』


 持ち前の正義感の強さと父親の影響から、警察学校への入学をずっと希望していた。

 しかし、一年前、ある強盗事件の犯人を彼女の父が取り押さえようとした際に発砲され、瀕死状態に陥ったのだ。幸い、一命は取り止めたものの、深い外傷により長期間の静養を余儀なくされた。

 意識を失くしてベッドに横たわる父、気丈さを保ちつつ動揺を隠しきれていない母エリザの姿を見ている内に、メアリの決意も大きく揺らいだのでは――??

 メアリ本人から聞いた訳でも、ましてや相談を持ち掛けられた訳でもない。あくまでフレッド達の憶測でしかないけれど。


「まぁ、大幅な進路変更したけど、私の成績的には特に問題ないって言われてるし??よく考えて決めたことだし、別に後悔はしてないわ……って、ちょっと!どこ見てんのよ!!」

「いって!」


 短パンの裾から伸びた、適度な細さと柔らかさを誇る形の良い脚に視線を感じたメアリは、振り向き様に視線の主――、エド目掛けて開いたままの雑誌を投げつけた。雑誌は見事エドの顔面に直撃、床に落ちる直前でフレッドがさっと受け止めた。


「ちょ、おま……!俺は、みみみ、見てねぇよ!」

「メアリ、それ、俺の雑誌なんだけど」

「文句ならエドに言いなよ」


 汚物を見る目で二人を交互に睨みつけると、「ちょっとお手洗い行ってくる」と言って、メアリは部屋から出て行った。




(2)


「仕方ないだろ、条件反射ってやつ??そういう興味なさそうなお前がおかしい」

「おかしいも何も、メアリに限ってはそういう対象じゃないから」

 メアリの足音が遠ざかったのを見計らい、ぶつぶつと言い訳がましく文句を垂れるエドをフレッドは冷たくあしらう。

「俺だって今更あいつを女として見てねぇよ!ただ……って、おい。蔑んだ目で見るな」

「蔑んではいないぜ??呆れているだけだ。これだから童貞は……」

 蔑んでいないと言う割に、わざとらしく肩を竦めるあたり、小馬鹿にはしていそうだ。エドも少しカチンときたらしく、恨みがましい目付きでフレッドに絡んでくる。

「お前な、最近背が伸びてそこそこ高くなってきたからって、生意気さに拍車掛かってね??大体、お前だって」

「あ??エドと一緒にしてくれるな。あと、悪いけど、俺はとっくに卒業してるし」

「ちょっと待て!今、何て言ったかな!?フレッドくーん??」


 聞き捨てならない発言に固まったのも一瞬のこと。

 エドは片腕をフレッドの肩にガシっと回し、二、三度揺さぶった。


「……二度は言わない。ただ、メアリじゃないことだけはあいつと俺の名誉のために言っておく」

「ほうほう……、へぇええ……。って、いやいや、ちょっと待て。お前、彼女一回も作ったことないよなぁ……、いでっ!」

 一歩間違えたらキスしてしまいそうな程、間近に迫ったエドの暑苦しさが我慢できず、反射的にフレッドは頭突きをかます。しかし、エドを引き剥がすのに成功したものの、互いに額をぶつけた痛みに悶絶する羽目に。

「もうこの話は終らせるぞ!」


 長い前髪の下から額を撫でながらフレッドは鬱陶しげに叫ぶが、この程度で懲りるエドではない。

 再びフレッドの肩に腕を回し、「あのさぁ、後学のためにもうちょい詳しく教えてくんないかなぁー??んー??」と詰め寄ってくる。ニヤニヤ笑いが腹立たしいこと、この上ない。


「い・や・だ!」

「メアリにバラすぞ??」

「言いたきゃ言えよ。俺共々お前も血祭りに上げられても構わないってならな!」

 隙を突いて、今度は鳩尾に肘鉄を食らわす。

 ぐえっと、踏みつけられた蛙みたいな声で呻くと、ようやくエドの動きが止まった。

「……やめとく。俺はまだ、ハイゲートハイゲート墓地に埋まる気はない」

「やっと諦めたか」


 やれやれ、と、フレッドが鼻を鳴らした瞬間、タイミング良く扉が開いた。廊下から足音が聞こえなかった、否、言い合ったり小突き合ったりしていたせいで聞き逃していただけだが。

 どちらにせよ、二人には急に扉が開いたように思えたため、揃ってビクッと肩を震わせた。


「……何よ??」

 扉を開けると同時に挙動不審な動きをされるわ、顔色を窺う目で注視されるわで、メアリは思いっ切り渋面を浮かべた。

「べべべべ、別にぃ??」

「私がいない間に男同士でベタベタしてるなんて……、気持ち悪い」

 メアリは呆れと侮蔑をたっぷり込めて二人を見下ろした後、二人を避けてベッドに腰を下ろす。

「そんなんで、希望する大学に進学した時、周囲と上手く馴染めるのかしらね」


 フレッドとエドが進学を目指す大学は中位中流ミドル・ミドル以上の階級の者が大半だ。

 進学自体は、学力や内申が合格基準に達していれば労働者階級の者だって認められるが、この国にはまだ階級差別の風潮が根強く残っている。階級の上下によって見えない壁が築かれ、下の階級者程進学率は下がり、仮に進学できても肩身の狭い思いを味わうのは避けられない。

 小学校の頃から大学進学を希望するフレッドのために、チェスターは話し方や作法に関する教室に通わせてくれていた。けれど、言葉遣い、服装は正せても、ファミリーネームや出身地域でどの階級かは判別できてしまう。

 だから、冗談交じりとはいえ、メアリは密かに心配しているのだが――


「……どうでもいいな。人と仲良くする為に大学行く訳じゃない」

「そうそう、目的があって行きたいだけだしな!」

 メアリの心配は杞憂とばかりに、フレッドとエドは笑い飛ばした。

「ふーん、ならいいけど。でも……、フレッドはともかく、エドが言うと全然説得力がないわね」

「ちょっと待て!そりゃ、どういう意味だ?!」

「確かにメアリの言う通り」

「お前らなぁ!!」


 三人の間で珍しく真面目な空気が漂ったのも束の間。いつも通りのふざけ合いに切り替わる。

 進む道が違ってもこの関係だけは変わることはないし、今後も続いていくだろう。三人が三人共、それだけは強く確信していた。

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