第159話 依存症者の告白(159)

 ほんとうに、暇な人がいる。(人のことを言えないけれど、私はこれでも自分に課したことを日々行なうことに忙しい。それに、人様にそんなに迷惑をかけていないと思っている)

 ただ暇であればいいものを、世の中に、不必要な規則・決まり事をつくり、われわれの言語を統制しようする人を、私はほんとうに害のある暇人と呼びたい。


 つんぼ、めくら。ぎっちょ、きじるし。きちがい、くろんぼ。障「害」者。「白痴」に似た、何とかという語も、使っちゃダメみたいなことになっていないか。

「かたわ」もダメなのだろうか。とにかく、こんな言語統制には全く意味がない。医者が、内臓が悪い患者に、皮膚病用の塗り薬を処方するようなものだ。いや、そもそも、こんな統制をうけた日本人の全てが、そんな重篤な患者ばかりでもなかっただろう。


 差別用語など、それを使う人間が性根から腐ってでもいない限り、悪意の塊に魂が凝固してしまっていない限り、しんからそうそう吐ける言葉ではない。

 また、瞬間的にそのような状態になってしまったにしても、この世には時間というものがある。言った本人、言われた当人も、この時間の洗礼を受け、ひとりひとりの中で、和合、許し、後悔といったものが生まれることだって十分にあるのだ。


 それに、差別用語だからといって、それを規制したところで、差別が無くなるわけがないではないか。相手が傷つくからといって、その言葉を言わせないようにしたところで、別の手段で、人を傷つけたい人間は人を傷つけようとするではないか。


 問題を問題とするところの、その原因の部分に手を触れようともせず、見向きもしない態度で(権力者からは、こういった乱暴で、それこそ差別的な、下にいる者の細部実情に目もくれようともしない態度がある)、表象にすぎない言葉を勝手に規制されては、困る。

 こっちだって、モノ書きの端くれとして、この箇所には、この言葉以外、しっくり来ないという言葉があるのだ。その言葉から、先に続く言葉があるのだ。その言葉を規制されたら、そこから派生して生きていく全く別の言葉たちも、不自由さをこうむるのだ。


 上からの圧力めいたもので、平和になんかなりっこない。それはむしろ、われわれの吸う空気を狭くさせ、息苦しくさせ、よけいに吐け口を求めさせる。あるいは、唖にさせてしまう。


〈命令や規律で導かれる生活ほど、愚かでひ弱なものはない〉


「不戦の誓い」とか言ったって、どうせ戦争を始めるのは、権力者達よ、いつもあなた方であるくせに。法律、罰則、上からの規制の多い国は、それだけ罪人が多くなる。むしろ、罪人をつくっているのだ。


〈正しく真実に向かおうとする者が上に立たない限り、民の不幸は止むことはない〉


「ちびくろサンボ」はどうなったのか。「白雪姫」「こぶとりじいさん」でさえ、差別の眼で見られていたなんて、気の毒すぎる。

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