第129話 依存症者の告白(129)

 

 ところで、昨夜話した私のポチの話を続けると、以前はもっと芸達者だったことを付け加えさせて頂きたい。


 つまり、昔つきあっていた女の人に、わがポチは様々な芸をして見せたのである。


 たとえば、大車輪。ポチの根元をつかみ、ぶるんぶるんと大回転させて見せた。

 あるいは、バスタオル。文字通り「ちんちん」の恰好をしたポチにバスタオルを掛け、ハンガー代わりにして見せた。

 または、眼鏡。私の眼鏡を、ポチに掛けると、ポチは髭をたくわえた英国紳士のような顔になった。


 いずれも、彼女にウケした。彼女が笑うと、私も幸せだった。


        ─────────


 恥ずかしい話ついでに、2、3年前、あるセミナーに参加したことがある。「ホ・オポノポノ」というもので、いわば一種の自己啓発の手段であったと思う。


 楽になりたかった。

 こんな自分ではいけないと思い、できれば、変えたかった! しかし、何も変わらなかったのである。


 神戸の結婚式場みたいな会場で、参加者は200人ぐらい居ただろうか。そういうセミナーは初めてだったけれど、みんな、何だか真面目そうだった。自分の「不運・不幸」を、これで変えられればいい、というスタンスだったろうか。私にもそういう思いがあったから、そう見えていたのかもしれない。


 結果から言うと、私はその日の午前中でその会場を出てしまった。セミナーは2日か3日あったのだが(泊まりではない)、初日の昼までで、もうダメだった。


 宗教ではないと信じていたつもりだったが、宗教「的」な匂いが感じられたからだった。私の中の何かが、これは違う、と反発を始めたのだ。


 もっと論理的に、とまでは言わないまでも、その思想、考え方はけっして悪いものではないのだから、軽いユーモアをもって講師が話を進めていたら、私も気楽に笑えたと思う。


 私がそこから得たものを言葉にするとしたら、「絶対的なものなど無いのだ」ということと、「何かにすがるのもいいけれど、基本は自分だな」というところだった。

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