第126話 依存症者の告白(126)

 パチンコをしなくなったからといって、「いつ死んでもいいように」生きることは継続しよう。

 いつ、どこで死ぬか分からない。ならば、いつ死が訪れても、それを受け容れられるよう、せめてその体勢ぐらいは取っておこう。


 私のか細い預金は、その暗証番号や口座番号をノートに記し、死後は恋人に託すと書いて、何となくハンコを押した。吹けば散るよな死亡保険金は、子どもが受け取り人である。


 墓については、私は亀井家の人間であるから、このままいけばそこに入るのかもしれない。しかし、特に何のこだわりもない。兄、嫂、恋人が、なるべく面倒でないように、処理して下さればと思う。


  ○   ○   ○  ○  ○  ○   ○   ○


 まったく、これ以上何を望むというのか。いっぱいパチンコをしたし、いい友達、恋人とも出会えたし、雨風しのげる家も得た。


 銭湯にもたくさん行ったし、タバコもよく吸い、お酒もよく飲んだ。コーヒーをいっぱい飲んで、モーツァルトもたくさん聴けた。


 一体、何の不満がある?

 何も、見つけないでいいのだ。


「あの人は、生きて、死にました。」

 それで充分である。


 生かされてきたことに感謝。それを基軸に、時計を回す。

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