第89話 依存症者の告白(89)

「あの世は、よっぽど居心地が良いんだよ。その証拠に、行った奴、もう戻ってこないだろ?」

 銭湯で、親しくなった老人が言った言葉を、また思い出す。これは、ダンテも真っ青になる、名言だと思う。


 ところで、老人たちは実に自然に、他の人たちと会話をする。初対面であっても、天気の話などから始まって、何やら井戸端会議ならぬ湯船会議に突入する。もちろん、皆が皆、そうではない。黙り続けて湯に浸かっている者もある。


 しかし、彼らから見れば「若い」私のような世代は、あまり会話をしていない。少なくとも私は、初対面の人に自分から話し掛けない。構えてしまう。話し掛けられれば、喜んで話す。ただ、自分からはそうしない。


 性質、性格に依るところも大きいけれど、彼らは戦後を生きてきた。焼け野原の中で、知らない者どうし、ほんとうに助け合って、生きてきたのではないか。


 不謹慎だが、少しだけ、戦後の時代に憧憬を抱く。私はパソコンとばかり向き合って、人との会話に疎くなっているから。

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