第62話 依存症者の告白(62)

 現場仕事をしていた時期、移動中の車の中で親方が言った。

「恥を知れ、って言いたいよ」

 ラジオから、政治家の不祥事か何かのニュースが流れた時だったと思う。

 1人のアルバイト学生が、

「『恥を知れ』! そんな言葉もありましたねえ、久しぶりに聞きました」

 そう言って笑い出した。


 恥、ということについて書きたい。


 恥は、信念や哲学を持たない人は、かけないものだ。無自己。無思考。行動、言動の拠点である自分の内側に、芯を持たない人は、恥を知らない。


 恥ずかしい思いは、たくさんしてきた。セブンイレブンでバイトをしていた時、引き算ができなかったこと。幼稚園で表彰状をもらう際、滑って転んだこと。電車が停まる際、立っていられず、ごろごろ転がってしまったこと…


 しかし、これらは、恥ではない。「恥ずかしい思いをした」瞬間的な赤面に過ぎない。

 芯のある恥は違う。まわりに人がいようがいまいが、関係がない。自分の信じる、正しいとするところから自分が外れた言動をとった時、その自分が痛く、心底からの「恥」を感ずる。


 みんながこうしているから、という理由で、「おまえもこうやれ」と上司から言われた時、それが私にとって間違った、正しいことでないのなら、私は断固拒否をする。エラぶっているわけではない。なぜこういう自分なのか分かっていないから、心細い。


 時に、恥なんか知らない方がいい、と思う時がある。その方が、楽そうだ。恥を売り物にして、生きている人だってある。

 今、自分が無職であることを、私は恥とは思っていない。ただ、とてつもなく、恥ずかしい。

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