第50話 依存症者の告白(50)

 私の小さな夢を書こう。

 そこは、タイだ。または、スリランカ。タイの方が望ましい。

 私は、黄やらオレンジやらの袈裟に交じり、僧侶たちと乞食をしているのだ。仏教では、托鉢というけれど、その行為は乞食だ。


 各家を回り、残り物をいただく。そして私は、ここに心から誓うが、私の鉢に食料を入れたその人の幸せを、その家庭の幸せを、心から、何の曇りもなく、心から祈る。手を合わせて、一寸の闇もない心で、祈る。


 そして毎日、日がな1日、僧侶とともに歩き、経を詠み、瞑想をし、また歩き、瞑想をし、歩くのだ。

 金銭など要らぬ。大きな木と、澄んだ空と、人の慈悲、誰のものでもない大地があればよい。

 政治に利用された大仏ではなく、シッダールタのいう涅槃に、少しでも近づけるよう、私は努力する。勤める。


 時が経つ。私は老いる。だが、何の悔いも、罪もない。私は2500年前の教えを信じ、その教えに、生きたのだから。私は信じ、祈った、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し──争いも、差別もない世界が、この世界であるように、と。

 そうして、何もなかったように死んでいくのだ。

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