第26話 依存症者の告白(26)

 閑話休題。


 ダンテの「神曲」には、この世で罪を犯した人間の、その罪に応じた様々な罰が、死後に用意されていることが描かれている。

 その罪にはこの罰が・あの罪にはこの罰が、いちいち事細かく、仔細丁寧に。


 しかも大抵の人間は多くの罪を犯しているから(犯さないでは生きて行けないだろうという些細な事まで、そこでは罪とされてしまう)、1つの罰では許されない。

 この罰の次は、あの罪のために罰を受け、その罰を受けたら次は…と、キリがない。

 死んで、こんな世界に行かねばならぬのかと思うと、生きている方がよっぽどマシに思える。


 プラトンのソクラテスも、死後の世界はあるのではないかと言っている。魂というのは、いろんな形に姿を変えて、その代謝を続けているのではないか、と。そう考えないと、辻褄が合わないということを、パイドンとの対話を通じて言いたい様子であった。


 一体、何がホントウなのか分からなくなって、「判断中止」を唱えた哲学者もいる。

 モンテーニュの塔の梁には、「私は判断を中止する」と書かれていた。この「判断を中止する」という判断は、何か慰められるものがある。


 よく生き、よく死ぬこと。これ以上に、望むものはない、と思いたい。穏やかに、和やかに、その日その日を、よく生きれば、それでいいのだと思いたい。

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