第24話 依存症者の告白(24)

 はっきり言って、パチンコのことを考えただけで、気持ちが悪くなる。

 正確に言えば、パチンコをしたがる自分自身に気持ち悪くなっている。


〈身体は、生きたがるものだから〉


 もう、やめな、と、カラダさんが訴えてきてくれているのだ。このままじゃ、ハメツしちゃうよ、と。


 しかし、求人雑誌を開こうとしても、気持ち悪くなるのだった。私が今、かろうじて「正常な」意識でいられるのは、何やら音楽をヘッドフォンして聞きながら、汗を垂らしてこの小文を書いている時だけであるようだ。


「パチンコをしていると、落ち着く」というのは、ある。だが、ほんとうに落ち着いているのだろうか。ほんとうに。


 お金を失いながら、自分は何を考えているのか。ダメな人間だ、と自己陶酔しているだけではないのか。死にたい理由を探しているだけではないのか。


 パチンコが好きである自分とは何なのか。これを追求したところで、それは「セックスが好き」な理由を追うのと、同じではないか?

 しかし、セックスが本能であるのなら、先天的なものだ。パチンコは後天的なものだから、本能ではないはずだ。パチンコを媒介に、本能的な何かが刺激され、囚われているに過ぎないのだ。


 しかし、そもそも、本能とは何なのか?


 ままならぬ、だが絶対的なものとしてある「気分」「心」が、本能の親分か?


〈心の奴隷になるな。心の主となれ〉と、おシャカさんは云ったけど、なれないよ。


 私は、一体何なんだ?

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