第17話 依存症者の告白(17)

〈狩猟の快感は、思わぬ、予期せぬ所から獲物が飛び出してきて、意表を突かれながらそれを仕留めた瞬間である。一度この味わいを覚えた者が、その魅惑、魔力から脱するのは難しい〉


 中世の思想家は言う。


 私が「海物語」を最初に打ち始めた頃、一度外れ図柄で停止した後、いきなりゾワゾワゾワという音とともに再始動し、大当たりになる演出が大好きだった。驚きと喜びの交叉する瞬間、しかも、たしかこの演出は確変確定だったと思う。

 パチンコで、楽しい思いも、いっぱいしたと思う。何も、悪いことばかりではなかったと思う。ただ、それによって前妻と、一緒に暮らしてくれた恋人に、ひどい思いを被らせてしまったことだけが悔やまれる。


 この小文を書き始めてから、あまりパチンコをしなくなっている。行きたい思いは常にあるが、その思いだけで、もうアップアップしている感がある。

 you tubeの「ごみくずニートの人生」「むるおか君のガチ実践」を見たりして、ああ変わらないなあ、やってるなあ、と思う。


 過日、「CRリング」のシマから歩いて来て、店の外へ行こうとした若い女の子とすれ違った。背中が泣いていた。1つだけ空いたその台は、700ぐらい回っていて、一度も当たっていなかった。

 海のシマにも、800だの600だの、不気味な数字が表示され、そして当たり回数は「0」や1、2回。そんな台がちらちらあると、パチンコの恐ろしさを実感させられる。


 怖い。しかし、何故怖いものに、惹かれるのだろう?

 むかし「エクソシスト」というホラー映画で、その上映をする映画館では、来場者に「嘔吐用の袋」が配られたという。

 私の行くパチンコ屋のトイレには、「ご気分の悪くなったお客様は、従業員にお申し出ください」との貼り紙がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます