第12話 依存症者の告白(12)

 私は切に知りたい。1日に、パチンコ屋で17、8万もの大金を得た経験のある人が、どうやって、またその場に行かぬことができるのか。どうしたら、自分はもうギャンブルをしないのだと心に決め、その決心を持続することができるのか。


「依存症になるには、他に理由があるんですよ」世話になった整体師の言葉を吟味したい。

 私は、不登校児だった頃から、自分はダメだと思うことに、慣れていた。慣れなければ、まるで生きてこれなかったようにも思う。


〈生来の性質は変えられないが、習慣によって変貌する〉


 つまり、自分はダメであるという意識は、1つの郷愁のような、私が私である土台、すなわち掛け替えのない、私だけの大切な自意識のようにも思われる。この意識が充足されるのが、あの場所なのではないか。それで、ほとんど本能的に足が向きたがる…


〈理由は、できるだけいっぱい挙げるがいい。どれか1つは当たるだろう〉


 自分を追い込もうとして励んでいた時もある。お金があるから、自分は働かないのだ。お金を失くして、自分を追い込めば、窮鼠猫を噛む、贅沢など言っていられず、熱烈に、まじめにまっとうに、働くしかなくなるのではないか、と。


 あるいは、いや、コジツケであることは分かっているが、「一緒に住んでいる人のため」。現在一緒に住んでいる、彼女も無職、私も無職なのである。ずっと同じ空気を同じ家で吸っていると、あまり良い感じがしない。彼女だって、ひとりになることは大切だろう…


 この「無職」の意識は、手強い。彼女には「主婦」という肩書きが通用しそうだが、私は男である。平日の昼間に、庭に出て隣人と顔を合わせたりすると、ひどく後ろめたい、恥ずかしい気持ちになる。

 働いているんですよ、というところを近所に思ってほしくて、そのためにパチンコ屋に行こうとするフシもある。


 しかし、やはりどの理由も嘘っぽい。


〈単純な中に真理がある〉


 ただ、パチンコが好きなだけではないのか。あれほど痛い目に遭っても、まだ?

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