第3話 依存症者の告白(3)

 私は、けっして軽い気持ちでやっていたわけではない。

 大事なお金を投じているのだから、真剣になってやらざるを得なかった。


 だが、1万、2万と失くして行くにつれ、「とんでもないことをしている」という意識に苛まれ始めた。身体の表面は冷たいが、内側が強く火照っていた。顔は妙に脂ぎり、(何とかしなくちゃ)の一心だけに全身が覆われた。

「何ムキになってんだ…」

 私の後ろを、サラリーマン風の男が聞こえよがしに、そう言いながら通って行った。


 私の台は、朝から全く当たらず、当たっても以前のように続かなかった。

 時間とともに、(こんなはずじゃ…)と動揺した気持ちが、(このままじゃヤバイ)危機感になり、(このままではやめれない)切迫感に変わっていった。

 私は相反する気持ちの塊となった。

 やめたいのに。こんなことをしてる場合じゃないのに。本気でそう思った。しかし、台から離れられない。

 この千円で、当たるかもしれないではないか。現に、さっき座ったばかりの人が、あんなにドル箱を積んでいるではないか…


 結局3万が失くなって、帰りの電車賃が貴重な小銭になった。この場所の怖さを知った、初めての夜でもあった。

 だが、初めて味わう、嬉しい気分も確実に残った。この世に居場所がないと思っていた私が、ここでなら1日中、堂々と座っていることができたのだ。


 まわりの人達も、各々の台に向き合い、誰も私に構わないでいてくれる。この知らない他人1人1人は、仲間、同胞のように見え、私は自分が独りではない、心強さを感じていた。

 そして真剣に、無心になって集中し、玉を弾いている時、今この瞬間を自分はほんとうに生きている!そんな手ごたえを実感することもできた。


 また、この大切なお金を、こんなことに使ってしまう自分に、満足感も覚えた。

「生命の次に大事なお金」「働かないで、どうやって生きて行くの?」…したり顔で、そう言ってくるような大人達、それを当然とする社会のようなものに対し、私は反発心を抱いていたからだ。

 捨てるようにお金を扱うことで、「そうじゃないだろう」と言いたい自分を、体現した気になることができたのだ。


 だが、ただ快感を、当たった時のあの快感を、身体が求めていたに過ぎないとも思う。

〈獲物を捕らえた狩猟者は、そこで得た快感に捕われてしまう〉

 私は捕われていた。

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