第35話 襲撃撃退

 俺は速度を緩めず剣で双頭の猿を切り裂く。双頭の猿は尚も変わらず憎らしいほどの笑顔で、馬鹿にしながら俺を見ている。

『そんなものか?お前の力は・・』

 そう言っているような顔だ。

 ふと、双頭の猿の色が増す。逆に俺の色がモノクロームに変わる。猿の剣が真っ赤な色に変貌して俺に襲いかかる。どんどん剣が俺に近づく。

 俺はジャンプしていた。

 いや、ジャンプしたのは頭だけだった。

 俺は自分の体を見ていた。

 回転する頭は周りを見渡していたが、地面には頭を無くした俺の身体と俺を切った笑顔の双頭の猿が立っていた。


「アスラーン!」


 レイラ姫の声がよく聞こえた・・・

 最後に聞く声がレイラの声で良かった。

 俺はレイラに抱かれていた。正確には頭だけだが。


「大丈夫よ。後で起こすから暫く寝てなさい。」


 何言ってるんだか、このお姫様は・・俺は意識をなくした・・



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 アスランが前方で戦っている。

 私はと言えば後方で偶に援護するくらいだから楽だ。

 出来ればアスランにはこの戦いで覚醒してもらいたいから1人で戦わせている。

 エイレムとハリカも戦えるがそれ程役に立たないので私の隣でちょこちょこと少数を倒している。


 気づけば双頭の猿が出てきている。どうやらアスランも気づいたようだ。

 周りの敵を倒しアスランは双頭の猿に向かっていった。

 アスランの攻撃は予想通り身体をすり抜ける。剣では倒せない。アスランの顔に焦りの色が浮かぶ。

 逆に双頭の猿は余裕の笑みを浮かべる。

 これは負けるな。

 そう思った瞬間、アスランの首が胴から離れ回転しながら飛んでいた。自分の体を見ながら『あっ、死んだ』とでも思っているのだろう。私のように。


「アスラーン。」


 私は頭のところまで転移し頭を掴んだ。

 そして、言う。


「大丈夫よ。後で起こすから暫く寝てなさい。」


 私はアスランの身体とともにエイレムのところまで転移して戻った。

 双頭の猿が私を見ている。

 双頭の猿はゆっくりと近づいてくる。


「お前がフェムト使いの王女か?」

「だったら?」

「ふむ、どうやら、お前はまだ覚醒してないようだな。これならまだ俺の負けと決まったわけではないな。」


 私が覚醒してない?アスランには覚醒を促し、自分は既に覚醒していると思っていたのに。どういうこと?


「何だ?覚醒がどういうものかわからないのか?だったら、神にでも聞けばいい。月にいるだろ?」


 言い終わるやいなや猿は靄のようになり始めた。

 ハリカの剣を奪い双頭の猿を攻撃する。すでに原型をとどめていない。剣は双頭の猿の身体をすり抜ける。

 やはり駄目か・・・


「エイレム!『サンダー』で攻撃して。」

「はい。『サンダーボルト!』。うっ、だ、駄目です。効果ありません。」


エイレムの悲痛な叫びが響く。

ナノマシンは機械とはいえ絶縁体で保護されているのだろう。電気が流れても影響を受けることはなかった。


「もう一度全力でやって!」

「はい。『サンダーボルトマックス!』。やったかしら?」


すでに霧状になっている双頭の猿の動きが止まった。


「止まったわよ!やった?」


確信はないが止まったなら剣の攻撃が効くだろう。

剣を動きを止めた霧に向けて振るった。


しかし、剣は空を切り、霧は動き始めまた双頭の猿へと変っていった。


「俺が電撃で機能を停止したかと思ったか?少し喜ばせてやっただけだ。残念だったな。俺に電撃は効かない。そろそろ死ね。」


双頭の猿が再び霧に変わる。黒い霧がまるで蜂の大群が飛ぶようにうねうねと形を変えながら襲って来る。目に見えないはずのナノマシンが黒く見えるほどの集合体になっている。一体何体いることやら。


長期の戦いに備えてまずエイレムに電撃を放ってもらった。しかし、全く効かなかった。

 仕方がない。賭けだ。ほとんどのエネルギーを使う電撃で攻撃する。これで効かなければ打つ手がない。動きを止められれば他の攻撃も出来る。止めなければ避けられる可能性がある。この電撃なら多分効くはずだ。確信はないが可能性は高い。だがナノマシンの性能次第だ。


『サンダーボルトマキシマムレベル』


 私は最強電圧の電撃を放つ。

 双頭の猿は体を構成すること無くチリのように地面の上に積もる。

 意識があるのか、私の言うことを理解できるのかわからないが言わずにはいられない。勝ち誇りたかった。


「聞こえるかどうか分からないけど、ナノマシンは所詮は機械、いくら絶縁体で防御しようと耐えられる以上の高電圧によって絶縁破壊が起こり絶縁できなくなりナノマシンが破壊されたのよ。」


ナノマシンは電撃によって一時的に動きを止めているだけの可能性がある。だから、止めを刺す。その分の力は残してある。


「アスランの家族の敵討ちよ。『スーパーテルミットフレイム!!』燃えてしまえ。」


 そう言って元双頭の猿であった塵の山を高温で熱し溶かした。

周囲には沢山の猿がその光景をひきつった顔をして見つめていた。


「帰れ。今日は許してやる。もし帰らなければ一匹残らず殲滅する。嫌なら帰れ。」


 私は猿を脅す。

 その後、猿は這々の体で逃げ出した。



「さぁ、帰るわよ。」


 私は笑顔でエイレムとハリカに言う。


「しかし、御主人様がお亡くなりに・・・ワタクシ、どうしたら良いのか・・・」

「か、悲しいです。」


 二人共泣いている。いつも憎まれ口を叩くハリカまでしおらしく泣いていた。


「大丈夫だから。アスランはこれくらいじゃ死なないわよ。」

「しかし、首が胴体から離れてるんですよ。普通死にますよ。」

「大丈夫、アスランは普通じゃないから。もう泣かないで。」

「うん・・」


 そこへ、エクレム・チャクル将軍がやって来た。顔が笑顔だ。憑き物が落ちたような顔をしている。憑き物が落ちた人の顔を見たことはないが、多分こんな顔だろう。


「殿下、ご無事で。え?この首が切断された死体はアスラン?アスランが死んだのですか?」

「大丈夫よ、そのうち目を覚ます。」

「首が取れてるのにですか?」

「私の時もそうだったでしょ?」

「そうですが、普通は首が切られれば死にますよ。」

「私とアスランは普通じゃないから。あっ、大怪我している人いる?私治療できるわよ。」

「え?殿下は治癒魔法が使えるのですか?でもギフト持っていないですよね?」

「大丈夫。任せて。」

「アルフォンソ中将が腕を切られて重症です。生命に別状はありませんが戦力ダウンは免れません。」

「案内して。」

「大怪我ですよ。本当に治せるのですか?」

「大丈夫だから。」


 訝しそうな目で見る半笑いの将軍を窘めながら中将の下へと案内させる。


「あら、腕が切れかかってるわね。直ぐに治療するから。」


 私は腕を繋げ切れた箇所を見つめる。

 私が治療するのではない。ナノマシンの上位互換であるフェムトマシンが他人の傷を修復する。

 血管を繋げ筋を繋げ細胞分裂を促し結合させて治療する。時間が暫く掛かる。

 自分の傷を治す場合は体中をめぐるナノマシンが即治療する。ただ、体が傷つけられる前にフェムトマシンが防御する為、傷つけられることはほぼないらしい。フェムトマシンが教えてくれた。体の周りにシールドを張り巡らし防御するとともにシールドの周りにはレーダーで周囲の状況を把握しシールドの強さを調整する。但し、レーダーをかいくぐって来る攻撃、つまり別次元を通ってくる攻撃に対してはレーダーが機能しないのでシールドは常に張り巡らされている状態だ。


「はい。治療完了。他は?」

「まだ、苦しんでいる者が沢山います。」

「じゃあ、纏めて治療してみる。」


 どう、纏めて治療できる?

『はい。残エネルギーは少ないですが月のソーラー発電から電波で送られてくる電気を補充しながら治療しますので可能です。怪我人が千名近く居ますが、1時間もあれば全て治療できます。』

 じゃ、お願い。

 私は考えた。

 ただ治療し始めたのでは私が治療したとは思われない。ここは魔法のように詠唱したふりをして魔法名を言って格好よく治療したい。


 うーーん。


 詠唱が良く分からない。

 仕方がない。


『エリアヒール!』

「エリアヒールですか?この辺りのけが人を纏めて治療できるのですか?殿下の魔法ですか?」

「そう、私の魔法よ」


 治療は開始された。

 された?

 本当に?

 良く分からない。

 やはり治療している間はけが人が光りに包まれるというイフェクトがないと治療しているという実感がないし周りの人も治療しているとは気づかないだろう。


 光のイフェクト追加できる?

『今から追加します。』


 フェムトが了承した途端一部の者が全体が光り始めた。


「おおーこれだ!」


 私は叫んだ。


「殿下、何がこれなんですか?」

「い、いえ、何でもないです。」


 おっと、いかん、いかん、ただのイフェクトだとバレてしまう。

 周囲は突然怪我人の周りに現れた光が夜の闇を消し昼ほどではないが明るくなる。

 その光の光源にいる怪我人がみるみる治療されていく。

 傷も、抉れた腹も、切れてしまった脚も腕も、全て治療されていく。

 仮死状態の者は電気ショックで蘇生させる。

 ただ、完全に死亡している者はどうする事もできない。

 本当の魔法ではないのだから・・


 一時間が経過する頃には灯りが薄暗くなり、完全に消えてしまった時には治療も終了していた。


「それじゃね、将軍。私達帰るから。」

「ありがとうございました、殿下。助かりました。」


 一斉に感謝の言葉が飛んだ。


「殿下、結局、今の魔法でもアスランは生き返りませんでしたね。」

「今のでも死んだ者は生き返らないわ。そんな魔法はないのよ。(魔法じゃないけど)アスランはそのうち勝手に生き返るから死んだとは報告しないでいいわよ。」

「はい、殿下。承知いたしました。」

「じゃあね。」


 転移を試みた。

 これも勿論転移魔法ではなく、ただの物質転移らしい。いつの間に発明されたのやら・・

 出来ない可能性も考えたが転移できた。

 やはり、転移を阻害していたのは猿だったようだ。しまった!どうやったのかを聞いておくんだった。まぁ、いずれ、バラミール領を取り返しに行くんだからその時でも構わない。既に双頭の猿は死んだ。あれ程の猛者がまだいる可能性はあるが、今直ぐならバラミール領は奪還できるだろう。一ヶ月、いや一週間内に、出来れば数日内にはバラミール領奪還作戦を立て決行したい。一日一日成功の可能性が下がるのではないだろうか。猿の国から確実に援軍が来るだろうから。


 アスランの屋敷に入るとアスランの遺体をベッドに寝かせて放置する。


「エイレムとハリカはどうする?私は王宮に帰るけど。」

「ボクは自宅に帰ろうかな。」

「ワタクシはここにいます。御主人様が心配ですから。家事も残ってますし。」

「そう。エイレム、アスランのこと宜しくね。今日は報告やら何やらで大変そうだから明日また来るから。ハリカは何もせず帰るのね。アスランの心配もせず家事もせず帰るのね。悪びれもせず・・」

「だって、仕方ないじゃないですか。」

「なんだ。大事な用があったの?だったらしょうがないか。」

「そうですよ。大事な用があるんです。」

「因みに何の用事?」

「疲れたから家でゆっくり寝るんですよ。こんなに大事な用は他にないです。」

「あっ、そう。明日もゆっくり寝てていいわよ。いつまでも・・・」


 ハリカに何を言っても馬の耳に念仏だ。まぁ、それがハリカだから仕方がない。可愛いものだし。


「じゃあね、エイレム、宜しくね。」

「はい、姫様。おやすみなさい。」


 私はアスラン邸にエイレムを一人残し王宮へと帰っていった。


 あっ、アスランの妹の事を聞くの忘れてた!




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