第24話 彼女の人生は俺の人生、俺の人生は彼女の人生。

 約束を果たすべく、佐々木はまだ部が活動していない昼休みに俺を部室に呼び出した。俺はまだいいとして、どうも佐々木はこの話を部長に打ち明けるつもりはないようだ。

 

 そもそも、香織をバスケ部に入れたのは、成仏とか関係なしに秘密裏に行っている部の活動を彼女に知られないためと言う思惑があったようだ。冨樫は冨樫で部活以外の時間はどこで何をしているのか二人にも分からないのだと言う。死神にもいろいろノルマとかあるのだろう。世の中には知らなくていいことも存在する。

 

 というわけで、俺は今佐々木と向かい合って昼食を食べていた。

 

 こうしていると、密会しているみたいで妙な気持ちになる。昨日の今日でこんなことを思うこと自体おかしな話だけど、まるで知らない女の子と蜜月の時を過ごしているようでどうも落ち着かないのであった。

 

 俺は登校時にスーパーで買っておいたランチパックとおむすび弁当を急いで平らげ、佐々木が話を切り出してくれるのをウーロン茶を飲みつつ待った。

 

 変なところでマイペースな佐々木は緑で埋め尽くされたおかずをゆっくりと咀嚼し、ごちそうさまと手を合わせ、お弁当箱を風呂敷に包むところまでしてから話を切り出した。


「この部の存在意義については、あの子のほうから既に説明を受けているのよね?」


「ああ……」

 

 俺は頷き、飲みかけのペットボトルを学生鞄の中にしまった。


「だったら、私のほうから補足することは特にないわ。ただ、私はあの子とは別の道を取ったってだけだから」


「別の道とは?」


 俺は訊いた。


「彼女を解放してあげるの。成仏ではなく、生き返らせることによって」


「そんなこと出来んのか?」


 驚きよりも疑問が勝った。


 俺は将来を犠牲にしすぎたことで感覚が麻痺してしまっているようだ。これが冨樫の言う、人の道から外れると言うことなのか。


 得をしたわけでも損をしたわけでもない。はたしてそれは真実なのだろうかと密かに思い始めてきた。


 彼女は頷いた。


「ええ。記憶を取り戻した後で、三日月に聞いたの。彼女を助ける方法はないかってね。三日月は犠牲を厭わないなら方法はあると答えた」


 俺は急かさず、彼女から説明してくれるのを待った。


「今やっている方法もその一つ。自分の寿命を削って彼女に分け与えると言うものだけど、これには落とし穴があってね。あなたも知っての通り、寿命だけじゃなくて未来そのものも共有することになるの。まさかあなたが取引した内容まで重なるとは思ってなかったけど。この方法では多く見積もっても、後四十年ほどしか生きられないと言うわけよ。寿命の取引は任意だからある程度引き延ばすことは出来るけど、微々たるものだし。何より彼女が納得しないでしょうしね。命丸ごと譲ってあげられれば良かったんだけど」


「さすがに出来ないのか?」


「二つほどあるらしいわ。ただ、どちらも現実的ではないの」


 彼女は人差し指を突き立て。「一つは将来産まれてくる子どもを犠牲にすると言うもの。もしあなたとの間に子どもを儲けていたらなんて一瞬考えたけど」


「おい」


「さすがに思いとどまったわ。まあ、あなたとの結婚をなかったことにしようとしている時点でやっていることは同じようなものかもしれないけど。そう言う問題ではないからね」


「お前にも人の心が残っていたんだなー」


 うんうんと感心するように俺は頷いた。


 一時の肉欲のために子どもを身ごもり、責任を取れないから下ろす無責任な男女にぜひとも聞かせてやりたい台詞だと思った。


 俺の物言いに佐々木は少々引っ掛かったようで眉をぴくっと上下に動かしたが、気にせず続けた。


「もう一つは自分の来世を売ると言うもの。私は香織と違って来世なんてこっちから願い下げだけど、来世は死人にしか出来ない取引らしいから、あまり現実的ではないわね」


 俺は訊いた。


「それで、現実的な解決策にどう俺が関係してくるんだ?」


「取引するのは今と変わらないわ。寿命よ。ただし、使い道が違うの。売った分の寿命で過去にタイムスリップするの」


「そんなことも出来るのかよ!」


 反則すれすれの行為に、俺は試合を中断しないわけにはいかなくなった。


 佐々木は至って冷静に。


「出来るらしいわ。まあ、これもいばらの道だけどね。なんでも、時間が元に戻るまでの間は三日月との契約はずっと続いていることになり、SF映画のように自由気ままに未来を改変したりすることは出来ないんだと。例えば、ギャンブルで大金を得てもいずれそのツケが回ってくる。つまり、私があの時に戻って彼女を助ければ、私にとって一番大切だった人を救うことになる。その代償として、未来で一番大事な人を失う」


 俺は息を呑んだ。


「というわけで、私のために死んでくれる?」


 固まる俺に佐々木は冗談よと真顔で返した。


 女子のこういう男を試すような悪趣味な嘘はやめたほうがいいと思う。心臓に悪いし、何よりこっちが彼女を信用できなくなる。


 佐々木は続けた。


「香織だってそんなの嬉しくないだろうしね。そこで考えたの。なにも過去をやり直すのは私じゃなくていいじゃないかってね。私がしてたのは、その前準備ってわけ。あなたに彼女のことを好きになってもらって、あなたにあの子の自殺を止めてもらう。そうすればその代償として死ぬのは私になり、あなたはあなたで一番大切な人を救うことになるから、結果として損をすることにはならない。どう? 合理的な解決策でしょ」


「どうしてあの子のためにそこまでするんだ?」


 俺は動機について尋ねた。


 彼女は徐に立ち上がると、表情を隠すように窓際のほうまで移動した。何を考えているのかしばらく外の景色を眺め、ゆっくり口を開いた。


「あなたも夢を見ているなら知っているはず。私があの子を自殺に追い込んだからよ。トリガーはあの男だけど、原因はあくまで私。結局は全部自分の為なの。私、怖いの。やがてこの気持ちが薄れて自分だけがちゃっかり幸せになる未来が怖くて仕方ないの。私がやっている行為が偽善だということも、他人のために自分の命を粗末に扱うことがいかに馬鹿げているのかも重々分かっているつもり。だけど、これが私の選んだ道。半年余りの寿命でいいの。お願い、将来のよしみで私のために使ってくれないかしら?」


 不安そうな顔を浮かべる彼女を初めて見た。まだどこか他人事のように彼女の話に耳を傾けていた自分の的外れ加減に腹が立った。


 至極当然のことだけど、一度愛を分かち合った時点で彼女の人生は俺の人生であり、俺の人生は彼女の人生なのだ。


 家族になるということはそういうことだ。俺には彼女に協力するだけの大義名分があるのは否定できないだろう。


 

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