第19話 運命共同体

「物語は私が死んだところから始まりました。若くして亡くなった私はお化けとなり、そして、私は一人の女の子に出会ったのです。私が成仏するまでの間面倒を見てくれると言う親切な死神ちゃんに」


 部長は愛嬌のある顔でウィンクして見せた。


「お前、死神だったのか?」


「あれ、言ってなかった?」


 俺は驚きすぎてもはや感覚がマヒしていた。早くも二度目となる恒例のやり取りを副部長兼マスコット役の死神と交わすのだった。俺は一切手を抜くことなくツッコんだ。


「ぜってい言ってねえよ。それで、何をどう取引するんだ。こう言っちゃなんだけど、取引したくても犠牲にする将来がないんじゃ、どうしようもなくないか? それとも、何か別の方法でもあるのか」


「死人にもあるじゃない。来世という未来が」


「来世まで売れるのかよ!」


 これには素直に驚いた。この世界に来世なんてものが存在することと合わせて――。それも死神がいる時点で今更な気がするけど。


 死神と分かっても軽いスタンスは変えずに。「なーんちって。とまあ、軽い冗談はこの辺にして。実は私の取引は未来だけでなく、過去も取り扱っているんだよ」


 過去で売れるものってなんだろうと考えていると、人の心を読み取ったかのように。


「故人が出来る取引と言ったら記憶しかあるめえよ。世界から自分の存在を抹消することで来世の機会を得るのだ」


 そんなのこっちから願い下げだという人も少なくないから取引する人はまちまちなんだけどと冨樫は補足した。


 確かに、人生が楽しいからと言って来世を望むかと言われると微妙だ。それよりも、せめて家族くらいには記憶を留めてほしいと言う気持ちが勝る気がする。それが正常な思考回路と言えるだろう。


 俺は感慨深げに言った。


「しかし、来世を得るのも楽な仕事じゃないんだな」


「そうじゃなくっちゃね。自ら命を絶った人間にチャンスを分け与えるだけでも有難いと思ってもらわないとー」


「え……」


 お化けとは思えないお気楽な感じで香織は言った。「どうやら私自殺したみたいで」


「みたいでということは、君は来世を望んだんだ?」


 はい、と香織は頷いた。


「来世の機会を得ても成仏しなければ始まりません。そこで私は三日月ちゃんと共にこの部を設立すると言う考えに至ったというわけです」


「それで、佐々木とはいったいどういう繋がりで?」


「それが、佐々木さんには私の姿が見えたのですよ。元々霊感があったのでなければ、彼女が私にとっての希望。もしくは私にとっての癌。彼女に対して何らかの心残りがあったから彼女には私が見えたと今は考えています」


「どうなんだそのへん?」


 と俺は目で合図をして、冨樫に説明を求める。


「さあね。ただ、成仏するために必要な最低限の設備は整えてあげているつもりだよ。私は悪魔じゃないんでね」


 香織は話を元に戻した。


「私は厚かましくも佐々木さんに成仏のお手伝いをお願いしました。ちょうど退屈していたところなのと佐々木さんは三日月ちゃんの能力を借りることを条件に入部することを受け入れてくれました」


 如何にも彼女らしい自由な解答だなと俺は笑った。「寿命を受け渡す流れになったのはその後?」


「いいえ。佐々木さんは寿命の一年や二年別に気にしないわと言ってくれましたけど、私は初め、この取引をお断りさせてもらったんです。というのも、失われた青春時代を取り戻すことが直接私の成仏に繋がるのかどうかはっきりしていたわけではないので。いくら何でもそんな図々しいお願いは出来ません。しかし、私と同様、霊感のない自分に私の姿が見えていたことに拘っていた佐々木さんは三日月ちゃんと禁断の取引を交わしました。誰かを忘れることで私のことを思い出そうと試みたのです。嫌な予感は見事に的中し、彼女は失った記憶を取り戻しました。それから私は全て彼女の指示通りに動きました」


 寿命の取引をしたのはあなたが転校してきた次の日のことになりますねと香織は補足して、「そして、ここからが本題です。部室の前で修二さんと初めて出会った日の夜のこと、とっても奇妙な夢を見たんです。まるで私が佐々木さんそのものになったかのような。あなたとデートした日の夜も同じような夢を見て私は確信したんです。これは私の潜在意識が見せているというよりも、私が彼女の夢を覗き見ているのだと」


「ええっと、つまりどういうこと?」


「佐々木さんが私に寿命を分け与えたことで未来が重なり、あなたが取引した内容が私の身に巻き起こったと言うわけです」


 一通り説明を終えた香織はウーロン茶で水分補給をした。


 俺は一度頭の中で話を整理してから。「君と佐々木が運命共同体になるまでの説明は分かったけど、どうしてそれが俺の未来と繋がるのさ?」


「それは言われなくても既にお気づきなんじゃないですか? あなたが佐々木さんの将来の旦那さんになる人だからですよ」


「へ、へー……」


 どう反応したらいいのか分からず、俺は曖昧な反応で誤魔化すのだった。


 こうなったら意地でも彼女と既成事実を作ってやると俺はまた別の疑問を投げかけた。


「ちょっと待って。君と佐々木の未来が繋がったって言うなら、彼女がデート現場に現れなかったのはどういうわけなのさ。おかしいじゃない?」


 香織は落ち着いた口調で説明した。「それはそのことに気づいた佐々木さんが新たな取引で上書きをして私たちがデートするように仕組んだんです。問題はどうしてあなたを私に差し向ける必要があったのか。隠れてやっている時点で何かやましいことがあったとしか考えられないんですよねー。ね、三日月ちゃん?」


 冨樫は視線を逸らして口笛を吹いた。音が掠れている時点で、俺たちに対して何かやましいことがあるのは間違いなさそうだ。


 ただそれが俺の個人的な問題なのか、彼女一人の問題なのか、はたまた、二人の問題なのかそこのところははっきりしない。それが分かったとして、俺に何が出来るかも。


「とにかく、ここまで部長のことをないがしろにされたら部のまとまりがとれません。よって明日緊急会議を行おうと思います!」


 高らかにそう宣言して、部長は今後の方針を決めたのだった。


 自分のことなのにこの温度差の違いはなんだろう。二人の正体よりも佐々木と夫婦だと言う事実がまだ受け入れられないのかもしれない。どっちの味方でいればいいのか、どっちに感情を向ければいいのか、本質的なところは置き去りなままで話が進んでいる。

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