第17話 夢は忘れたら二度と思い出せない。

「あれ、修たんはまだ帰らないの?」


「おい、何時の間に俺たちそんなに親しくなったんだ?」


 一匹狼の佐々木が帰った後も俺は部室に残っていた。重苦しい空気から解放された冨樫はいつもの陽気さを取り戻し。


「いや、思った以上に長い付き合いになりそうなんで、親しみを込めてこれからはそう呼ばせてもらうことにしたのさ」


 佐々木もこんな風に強引に押し切られたのだろうか。ここはあえて肯定も否定もせずに俺は理由だけを簡潔に述べた。


「どうせならお前と人生ゲームをして帰ろうと思ってな」


 おー、やろうやろう、と冨樫は率先して準備を始めた。


 長机の上にボートを広げて俺たちは将棋を指すかのように黙々とルーレットを回す。馴れ馴れしい愛称で呼ばれることに抵抗はあるものの、こうして、彼女と無駄な時間を過ごすのが俺にとって有意義な時間になっていることは否定できなかった。


 駒を動かしつつ、俺は何時ものように話を切り出した。今回はどうでもいい世間話などではなく、至って真面目な話だが。


「思った以上に長い付き合いになりそうっていうのは、あの時俺が予定外の行動を取ったのが原因なのか?」


「アスカたんはもっと手っ取り早く済ませたかったのさ。君も聞いてたと思ったけど、私たちは未だに部長にこのことを隠しているんでね。まあ、それも時間の問題かな」


「幽霊部員の部長がこのことに何か関係しているのか?」


「関係しているも何も、アスカたんは部長のために自分を犠牲にしているんだよ。私に言わせればそれも自分のためでしかないけどねー」


「でも、お前は佐々木に協力してやっているんだろ?」


「別に私は誰の味方というわけでもないよ。私は部の目的さえ達成されれば最悪何だっていいんでね」


 パンドラの箱を開けるようで気が進まないのだけど、どうやらこの部で一番権力を握っているのは彼女のようなので構わず俺は訊いた。


「なあ、一つだけ、どうしてもすっきりしておきたいことがあるんだけどさ、聞いてもいいかな? もちろん言える範囲でいいんだけど」


「随分と奥歯に物が挟まったような訊き方だねー。一人で悩んでないでさっさと吐き出しちまいなよ」


「いや、最近変な夢を見るんで、それが気になってて」


「ほう、変な夢とな?」


 漫画やアニメの見すぎかもしれないけど、どうも俺が結婚した相手は佐々木なのではないかという胸の騒めきが収まらない。


 ただ、それだと矛盾が生じるのも事実だ。俺が運命の出会いを犠牲にした翌日、佐々木は風邪をこじらせ学校を休んでいた。佐々木が運命の相手なら昨日デートした彼女はいったい何者なのかという疑問が自然と出てくる。


 それらを解決する術を俺は持っていない。一つだけ確かなことがあるとすれば、こんなもやもやを抱えた状態で彼女とデートするのは相手にとって失礼だと言うこと。童貞の俺にだってそれくらい理解できる。


 ルーレットを回すのを止めて俺は言った。


「この前佐々木と口論していたじゃねえか。あの夢はあなたの仕業でしょとかなんとか。それと何か関連しているのかなって」


「なるほど。君はその夢が失った未来に関する記憶ではないかと勘繰っているわけだ」


「ああ……」


 てっきりはぶらかされるとばかり思っていたので、彼女自ら核心をついてきたことに俺はかなり狼狽した。


「しかし残念ながら、そんなことはないね」


「そう……」


 それを聞いて俺は、ほっとしたような、いまいち残念なような不思議な感覚に陥った。 


 性格はあれだけど、顔自体は好みなので、俺が彼女を好きになる可能性は無限大だ。しかし、その逆はまったく想像出来なかった。


 それを言ったらあの子もそうなんだけど。


 俺はどこか遠くを見つめるように言った。


「お前がそう言うなら間違いないんだろう……」


「うん。取引した側の人間が夢を見るなんて話は聞いた試しがないからね」


「どういう意味だよ?」


「された側の話だよ。取引された側の人間はまるで抜け落ちた記憶のような夢を見ると言うね。忘れられない夢でも見たのかな?」

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