第14話 現実はほろ苦い。

「修二さん、起きてくださーい」

 

 ポンポンと軽く肩を叩かれて、俺は夢から目を覚ました。

 

 目の前にいたのは意地っ張りで口の悪い女の子ではなく、お淑やかで物腰の柔らかい淑女だった。

 

 まだ現実と夢の境目が定かではない俺は、立ち上がってきょろきょろと辺りを見渡す。そこは馴染みのある世界だった。視界もはっきりしている。劇場内は今から映画が始まるかのように明るくなっており、残っていたのは俺と彼女と清掃員の三人だけだった。

 

 頭も冴えてきたところで顔を引きつらせつつ俺は言った。「ええっと……、どのくらい寝てた?」


「初めから最後までぐっすりと。ただ、他のお客さんに迷惑はかけていませんでしたのでそのへんの心配はご無用です」


「ごめん!」


 自分の器量のなさに落ち込む。


 香織は怒る素振りすら見せず。


「いえ。退屈な映画でしたから。まあ、これはこれで一生忘れられない思い出になったと考えれば得したも同然ですよ」


 顔良し性格良し。何この天使。俺の将来のお嫁さんです。


 掃除の邪魔をしてはいけないので速やかに映画館を出た。


 時間を確認すると、ちょうど十五時を回ったところだった。そこで俺は償いがてら三時のおやつを取ることを提案した。――もちろん俺の奢りで。


 俺の心中を察してくれたのか、「いいですね、行きましょう」と彼女は俺の僅かながらの気持ちを受け取ってくれた。


 一旦トイレ休憩を挟んだ後に、俺たちは一階へと下りた。日曜日ということでフードコート内は大いに賑わっていた。


 和やかな空気に水を差すようで心苦しくもあるのだけど、嬉しそうにソフトクリームをぺろぺろと舐めている彼女に俺は真剣な話を持ち出した。


「ねえ、一つ聞いてもいいかな」


「なんでしょう?」


「佐々木とはどういう関係なの?」


 それがそのー、とたっぷり間を明けてから香織は答えた。「私にもよく分からないんです」


「分からないってのはつまり?」


 思わず俺は訊き返すのだった。


 香織は言葉を絞り出すように。「だけど、これだけははっきり言うことが出来ます。彼女がいないと今の私はないと。向こうが私をどう思っているかは分からないですけど……」


 泣きそうな声で言うものだから、これ以上深く追及することは出来なかった。こんな空気になるのなら彼女の名前出すんじゃなかったと後悔した。


 それからはお互い特に会話を交わすこともなく、溶けかけのソフトクリームを食べた。


 北海道の牛乳を使ったこのソフトクリームとは対照的に、俺の初デートは苦い思い出となった。

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