第12話 初デート

 目を覚ますと俺は真っ先に財布の中身を確認した。するとそこには、まったく身に覚えのないお金が入っていた。昨日の時点で財布の中の全財産を数え、覚えていたので、俺はスマホの電卓を使ってその差額を確認してみる。

 

 3264円。

 

 これは俺が未来で使ったデート代だということだ。金額だけ見ると、学生のデートとも思えるけど、はたしてどうなのだろう。

 

 答えの出ない問題をいくら考えても仕方ないので、俺はさっそく準備に取り掛かる。お風呂で入念に身体を洗い、歯を磨いた。男として最低限のエチケットを守った俺は、予め用意してあったスモーキーブルーの開襟シャツ、黒のスキニーパンツに着替えると、待ち合わせ時刻一時間前に家を出た。

 

 楽しみで仕方がなかったというよりも、俺が将来結婚する相手はいったい誰なのか、一刻も早くその答えが知りたかったのだ。

 

 新鮮味のない通学路を歩くこと十五分、俺は待ち合わせ場所である学校近くの公園にたどり着いた。しかし、子どもばかりで俺のデート相手と思しき人は誰もいなかった。お互い気付いてないだけで遊んでいる女の子が俺のデート相手という可能性も無きにしも非ずだけど。いくらなんでも一時間前に相手を探すのは気が早すぎたかもしれない。

 

 しばらく初対面の人と結婚するなんてざらだったおじいちゃんおばあちゃん世代の気持ちを味わう。すると、おめかしはしているものの、見知った顔の女の子がこっちに近づいてくるのが見えた。


「すみません、着ていく服に悩んでいたら遅くなってしまって……」


 白のノースリーブに、ネイビー色のドット柄のロングスカートを合わせた如何にも清楚な女の子は、佐々木の推しメンである藤林香織という美女だった。


 はあはあと彼女はゆっくり息を整えて、今日はデートのお誘いとても嬉しいですと満面の笑みを向けてきた。


「う、うん……」


 意味もなくごくりと俺は唾を飲み込む。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでも……」


 俺は邪念を振り払うように首を振って。「それじゃあ、行こうか」


「はい!」


 世間一般のルールにぐちぐち文句を言っても仕方ないことだけど、実際、お金から何からデートは男が切り盛りしなければならないという習わしのようなものが存在する。


 俺も一人の男として、デートプランみたいなものは用意してきた。まあ、映画館で映画を見るという定番のコースなのだけど。これくらいは大目に見てもらいたいものだ。


 どこの誰が来るか分からなかったので、彼女が何に興味があって、どういう話に食いつくのか俺には一切情報がないのである。


「……」


 だから、こんなふうに気まずい沈黙が生まれるのもある程度仕方がないことなのだ。


「それで、そのー、私たちは今どこに向かっているのでしょうか?」


 この沈黙に耐えかね、先に話しかけてきたのは彼女のほうだった。


 それに俺はたどたどしく答える。「映画を見ようと思うんだけど。それで大丈夫? ありきたりだけど……」


「いえ! ありきたりのほうがデートらしくて好きです」


「それは良かった……」


 もしかしたらお世辞で言ってくれたのかもしれないが、そこは大して重要ではない。こういう気づかいが出来ると言う点が人として大事なのだ。


 棚からぼたもちどころではない。生涯分の運を使い果たしたと言われても不思議じゃないくらいの美少女を目の前にし、俺は若干ではあるが取引したことを後悔していた。こんなことならわざわざリスクを冒す必要はなかったかもしれない。


 逆に朗報だったのは彼女が同い年だったということだ。未来とはいえ、既成事実があることは間違いない。これならばいくらでも軌道修正可能な気がする。


 そうは言っても、今はほぼ初対面であることを忘れてはいけない。移動するバスの中でもお互い手探りな会話が続いた。それでもどうにか目的地であり大型商業施設に着くまでに見たい映画のジャンルを聞き出すことに成功する。意外にも、アクションものが好きなのだと言う。溜まった鬱憤を晴らすのにちょうどいいらしい。


 俺たちは売店でチケットを買い、しばらくウィンドウショッピングで時間を潰してから劇場の中に入る。その間もよそよそさは拭い去ることが出来ない。


 これが初デートによる緊張から生まれるものだったら微笑ましいで済む話なのだが、そうではないので問題なのである。


「そう言えばまだ、名前を名乗っていませんでしたね。私は藤林香織って言います。短い付き合いになるかもですけど、よろしくお願いしますね」


 今更こんなやり取りをする始末。観客があまり入ってなくて助かったかもしれない。もしも今の会話を聞かれていたら。


 この状況に戸惑いを感じつつも、俺は自己紹介をした。


 未来でお互いどう呼び合っていたのか知らないけれど。一気に距離が縮まるきっかけを作る良い機会なのかもしれない。


 俺はちっぽけな勇気を振り絞り。「せっかくこうして、デートしているんだからさ、もっと親しくなるためにも今から下の名前で呼び合わない?」


「では、これからは修二さんと呼ばせていただきますね。あのー、修二さんはどうして私をデートに誘おうと」


 説明しようがない問だったので、俺は、質問に質問で返すという荒業に打って出た。


「逆に、どうして来てくれたの?」


「私は断る理由がなかったとしか」


 仕方のないことかもしれないが、事務的な返答だった。


「てっきり、私は部の活動に関係していることなのかなーって思ったんですけど……」


「え?」


「あっ、始まりますよ」


 照明が落とされ、強制的に話が打ち切られてしまう。


 映画の内容は実に単調そのものだった。しかし、香織は隣に俺がいることなんて忘れて空想世界に入り込んでいるようだった。


 変なプレッシャーから解放された俺に、次に襲ってきた感覚は睡魔であった。着ていく服を試行錯誤したり、禁句事項を調べたりして、昨日はほとんど眠れなかったのだ。それは遠足に行く前の子どもとはまた違った感覚のもの。不安から解き放たれた俺は自然と眠りに入っていた。深い深い眠りに。

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