第11話 普段怒らない人ほど怒ると怖い。

 昨日と同じか、それ以上に悶々とした精神状態で学生の本分である勉学を全うして、今日も俺は部室へと足を運んだ。冨樫に会えば少しはもやもやが緩和されると踏んで。

 

 しかし、彼女に会いたがっているのは俺だけではないようで、今日は元気に登校してきた佐々木が珍しく本も読まず、とても女性がする行為とは思えない足音が響くくらいの激しい貧乏ゆすりをしていた。

 

 イライラしすぎて俺の存在に気づいていないのか、それとも、気づいていてあえて無視しているのか分からないけど、佐々木は頬杖をつき、扉のほうばかり見ているので、この場の空気を柔らげるためにも俺は軽く話しかけたのだった。


「なあ」


「……」


「おーい。聞こえてる? クラスでぼっちの佐々木飛鳥さーん」


 佐々木は頬杖をついたまま睨みつけ。


「あなたにだけは言われたくないわね。彼氏したら執拗におっぱいを揉んできそうなランキング第一位に選ばれた転校生さん」


「おい! どんなランキングだそりゃ」


「それで、用件は何。手短に頼むわよ。見たらわかるでしょ? 私今とってもイライラしてるの」


 彼女相手に冗談は通じないので俺は。「そうだ、昨日お前にお客さんが来ていたぞ」


「誰よ?」 


「お前の推しメンの藤林香織さんだよ」


 佐々木は考え込むような仕草を見せ。


「彼女に会ったの?」


 俺はあえて同じ質問をぶつけてみた。


「――友達なのか?」


 だったら、どうなのよと佐々木は半ば強引に話を終わらせた。


 より一層空気が悪くなったところで、暗雲立ち込める教室の空気を一掃するかのようなふざけた登場の仕方で副部長兼マスコット役が現れた。


「呼ばれて飛び出てどんどこどーん!」 


 佐々木は高圧的な態度で出迎えた。


「ちょっと、三日月どういうこと。話が違うじゃない!」


「何のことかな?」


「すっとぼけないで。今朝見た夢はあなたの仕業でしょ。まさかあなた、私を裏切る気じゃないでしょうね」 


「裏切るも何も……、君と盃を交わした記憶はないけど」


 怒るのは筋違いだとでも言うように冨樫は首を傾げた。佐々木はいつもの強気な態度で彼女を迎え撃った。


 たっぷり皮肉を込めて佐々木は言った。


「ふーん。そういう態度を取るってわけ。結局あなたも周りにいるその他大勢と同じ。口先だけなんだわ……」


 すると、いつもおちゃらけて決して素顔を晒そうとしない冨樫の雰囲気が一変した。


「聞き捨てならない言い方をするんだね、君は。まるで私が協力するのは当然だと言わんばかりの口ぶりだ。自惚れるのも大概にしろ!」


 普段怒らない人ほど怒らせると怖いとはよく言うけど、その変貌ぶりに佐々木は相当たじろいでいる様子だった。そして俺も。


 機会をうかがって話に割り込むつもりでいたのだが、大人しく見守ることにした。


 冨樫は冷たい口調で矢継ぎ早に続けた。


「早い話が、この能力は現実逃避の道具でしかないんだ。私を頼っている時点で君は人の道から外れているんだよ。それなのに、少し予定が狂っただけで半狂乱になりやがる。まさか君は、自分が正しい行いをしているなんて痛い勘違いをしているわけじゃあるまいな?」


 完全に勢いを失った佐々木は覇気を感じない声で言う。


「別に私はそんなつもりじゃ……」


「結局君は前を向いて歩くのが怖いんだ。後ろめたさだけを抱えて毎日を生きている。だから、周りを見失うんだ」


「……」


 何も言い返せなくなってしまったのか、とうとう佐々木は黙ってしまった。そのまま親に叱られた子どものようにうなだれた。


 話の概要がいまいち掴めないのでどっちが正しいのか俺には分からないが、なんだかいつもとは正反対の彼女を見ている内に、だんだんと可哀そうに思えてきた。


 そう思ったのは俺だけではないらしい。「なーんちって。びっくりした?」


 冨樫はそう言って、ぺろっと舌を出した。


「しかし、君もなかなか薄情な娘だねー。部長にこのことを隠している私が今更君に何の断りもなく彼と取引を交わすとでも? 将来を犠牲にしてでも叶えたい君の望みは形を変えてはいるものの存在し続けている。今朝君が見たと言う夢の内容とすでに君が犠牲にした大切なものとを結び付けて考えれば自ずと一つの答えにたどり着くはずだけどね。その上でまだ犠牲を厭わないというなら、私は取引を惜しまないよ」


 良い具合に場が落ち着いてきたところですかさず俺は口を挟んだ。


「おい、さっきから何の話をしている?」


 これに冨樫が答える。


「今は、あなたの人生を決める権利はあなただけにしかないわと言ったアスカたんの言葉に偽りはなかったとだけ言っておこう」


 いいようにあしらわれていると言うか、利用されているようでなんだか解せないが、俺は俺でもう後には引けない立場だった。


 佐々木は何か目的があってここにいる。俺も偶然ここに連れて来られたわけではないということが今日を持ってはっきりした。俺は彼女が口にした今朝見た夢はあなたの仕業でしょという言葉に引っ掛かりを覚え、またしても夢で会った少女と彼女の姿を重ねるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます