第9話 未来の花嫁

 冨樫の話によると、運命の出会いは向こうから勝手にやって来るらしく、何か特別な行動を取る必要もないとのことだ。

 

 だから俺は、なるべく普段通りの生活スタイルを心掛けた。

 

 七時四十分に設定したアラームで目を覚ますと、用を足し、洗面所で手と顔を洗い、居間で朝食を取ってから歯を磨き、寝ぐせを直すついでに軽く髪を整えて、家を出た。

 

 示し合わせるかのように日本は今日も平穏そのものだった。遅刻遅刻ーと食パンを口にくわえた女の子とぶつかることもなければ、転校生が来ることもなかった。そのまま何事もなく時は過ぎ去り、瞬く間に放課後に。

 

 俺は徐々に焦り始めていた。

 

 冨樫の言うように最初からそんな相手などいなかったのではないかと気が気でなく、俺は今日も部室に立ち寄った。

 

 すると、扉の目の前に見覚えのある美少女が突っ立ていた。

 

 耳元で結んだサイドテール、バスケ部特有のダボダボのユニフォームを着用した女の子は紛れもなく佐々木の推しメンである藤林香織だった。


 如何にも清楚で人当たりの良さそうな女の子がこんなけったいな部に何の用だろうと俺は訝しげに声をかけた。


「ええっと、この部に何か?」


 彼女は困ったように答えた。


「この部というよりも佐々木さんに用があって」


「佐々木に?」


「はい」


 扉に寄りかかることもせず、交互に足を休ませながら突っ立っている律義な女の子に俺は残念なお知らせをしなくてはならないようだ。


「実に言いづらいんだけどさ、佐々木は風邪をこじらせたみたいで今日は学校休んでたぞ」


「え! そうなんですか……」


 と彼女は難しい顔を作った。


「言伝があるなら俺が代わりに伝えておくけど。これでも、知らない仲ではないから」


「いえ、いいんです。用件自体は大したことではないので。ただ、どうしているかなって。ははは……。最近忙しくなってなかなか会う機会がなかったから」


「友達なの?」


「……」


 どうも訳ありのようだが、深入りするのはやめておいた。


 他人の交友関係に口を挟むほど俺はお人好しではないし、俺と佐々木はあくまで秘密を共用する仲に過ぎず、個人的なことに関してはお互い関与しないようにしている。


 それに、聞いたところで他人にはどうすることも出来ない問題だ。


 彼女はぺこりと頭を下げ。


「遅刻をすると監督に怒られてしまいますので。私はこれで失礼させていただきます」


 閉鎖された空間に一人取り残された俺は彼女との幸せな結婚生活を思い浮かべてみるもどうにも上手くいかず、憂鬱になるのだった。

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