第6話 彼女が欲しいは建前で可愛い子とヤレるならそれでいい。

 六月になったというのに今日は雲一つない晴天ぶりだった。

 

 気象庁の発表によると、今年の梅雨入りは平年よりも遅く、さらに短いのだと言う。グラウンドで活動する運動部にとっては残念な知らせだろう。

 

 部室の窓からグラウンドを見ると、野球部が声を出してキャッチボールをしていた。以前通っていた学校でも帰宅部だった俺は先生の話が終わり次第すぐに帰っていたので、なかなかに新鮮な光景だった。そして、どこか懐かしい。


 物憂げな眼差しで見ていたからか、「青春だねー」と冨樫が近づいてきた。


「君は運動部に入ろうとは考えなかったの?」


 俺はゆったりとした口調で答えた。


「これでも、中学の時は野球部だったけどな」


「続けてみようとは思わなかったの、甲子園を目指して仲間と共に練習する。まさに大人が好みそうな青春チックな絵面じゃないか」


「お前に良いことを教えといてやる。高校野球というのは冷房の効いた部屋で見るのが正しい楽しみ方であって、わざわざ熱中症になるリスクを抱えてまで白球を追い回すことじゃないんだよ」


「へー、それは初耳だねー」


「ためになる豆知識だろ」


 それは注目のドラフト候補のように150km/hの直球で打者を手玉に取ったり、スタンドに吸い込まれていくようなホームランを打つことが出来れば楽しいだろうが、現実は必死に練習したところで一回戦敗退がいいところ。それどころか、スタンドで応援というのが関の山なのだ。


 大人はここでの経験は将来必ず役に立つと言うが、それは間違いである。努力も人間関係も役に立つのはせいぜい妥協の二文字くらいで良い思いをしているわけではない。


 人生の教訓を得た結果、何か大切なものを失ってつまらない大人に成長しただけの話なのだ。


 物思いに更けていると、長机の上で頬杖をつきながら退屈そうに文庫本を読んでいる佐々木がふんと小馬鹿にしたように。「何語っちゃってるわけ。三日月もそんな口先だけの男の言うこと鵜呑みにしないでよ。中学でやって高校で続けなかった理由なんてただ面倒くさくなっただけなんだから」


「ばれた?」


 俺はおちゃらけた反応で肯定した。


「寒いこと言ってないで、いいから早く始めるわよ。ようやく部員も揃ったことだし」


 確かに彼女の言う通り、こんなのはろくな青春を送っていない弱者の単なる僻みでしかない。俺は黙って腰を下ろした。冨樫もちょこちょこと俺の後をついてきて、隣に座った。


 あまりにも自然に佐々木が仕切りだすので忘れかけていたが。


「部長さんがいないんじゃないの?」


 これに佐々木が答える。


「部長はいてもいなくても同じだから、数に入れなくていいわ」


「そんなこと言ったら部長傷つくよー」


 へらへら笑いながら冨樫は言った。


「で、どうするか決めた?」


 と佐々木が本題に入った。


「実はちょっと迷っている」


「君なら食いついてくれると思ったんだけどなー、見込み違いだったかな」


 眉間にしわを寄せる佐々木の気持ちを代弁するかのように冨樫が言った。勝手な物言いが少し引っ掛かったけど、俺は気にしない方向で続けた。


「その藤林香織さんとは俺は会ったことも話したこともないわけじゃない。それを等価交換と呼ぶにはあまりにも都合が良すぎやしないか?」


 冨樫自ら答える。


「私の言う等価交換は時間やお金、回数にはとことんうるさいけど、それ以外はかなり融通が利くと考えてくれていいよー。今回の場合で言えば、君が風俗で童貞を卒業していない限り、制約されることはない。言い換えれば、不細工と美女を取引してもなんら後腐れなく成立するってことだねー。世の美男美女はお高く留まっているかもしれないけど、そんなものは所詮見せかけでしかないからねー、ただし、取引できるのはあくまで経験人数の範囲内でだ。もし君が美女をとっかえひっかえしようと思ってるなら、それは不可能だから淡い期待はしないように」


「対人間に対しては見境なく取引することが可能だってのはなんとなく分かったけど、結局のところさー、俺に対する見方そのものが変わったわけじゃないんだろ?」


「鋭い指摘だねー。もちろん、君が指摘したように面識のない彼女と取引すればレイプまがいのことをするも同然だ。――あわよくば一夜の過ちで済まされるかもしれないけど。ただ、君がどうしても今すぐ童貞を卒業したいと言うならそれも出来ないことはない」


「いったいどんな方法だよ?」


「好きという感情ごと取引してしまえばいいのさ。まあ、これはこれで恋人期間が切れたら強制的に別れることに、また、恋人期間が切れるまで別れたくても別れられないと言う問題が発生するけれど。さあ、どうする?」


「さあ、どうするって……」


 煮え切らない態度を取る俺に業を煮やしたのか、今度は佐々木が。「まだ引っかかることがあるって言うわけ?」


 どうも納得いかないことがあるのは事実だった。


「少し配役が気になってな」


「あら、あなたはそんなこと気にする質だったの。彼女が欲しいは建前で可愛い子とヤレるならそれでいいというのが男の本音でしょ?」


「本音も本音だな。だが、イコール真実ではない」


「どういう意味?」


「やった後必ず罪悪感に苛まれるからだ。セックスなんてものはな、そこに行き着くまでの過程だったり、事後が本番であって、やっている最中はさほど重要ではないのさ。つまり何が言いたかったかというとだな、俺は前戯も無しにいきなりエロシーンに突入する展開だったり、甘々なピロトークをすっ飛ばすタイプのエロゲーがこの世で一番嫌いだってことだ!」


「ねえ、さっきからコイツ何言ってるの?」


 私には対処できないとでもいうように冨樫に通訳を求める佐々木。その顔はドン引きしているというよりも、完全に呆れていた。


 下ネタに寛容的な冨樫は笑顔で答えた。


「つまり君は二次元の女の子にしか劣情を抱かないってことだね?」


「いや、違うだろ! 俺は将来愛する予定だった人を身代わりにレイプまがいのようなことをする趣味はないって言ってるんだよ」


 重要なことなので誤解が生まれないようしっかり訂正しておいた。


 ふむふむと冨樫は納得してくれたけど、今の発言で佐々木は完全に俺のことを生理的に受けいれられなくなってしまったのか、目線を合わせなくなってしまった。


 それでも構わず俺は続けた。


「そもそも、そういう下種な方法で女に近づく男が気に食わなかったんじゃないのか?」


「それはそうなんだけど……」


 どうも煮え切らない態度を取る佐々木に今度は俺が尋ねる番だった。


「何だよ?」


 佐々木は取り合おうとせず。「とりあえず。汚いやり方に賛同できないってだけで、はっきりこの部の存在自体を否定したわけではないということね?」


「まあ、俺も男だからな……」


「それならそれでやりようはいくらでもある。ただ、当たり障りもない出来事や運を取引すればいいだけの話だから。誰かのアドレスを犠牲にすればLINEの交換だって警戒されることなくスムーズに行える。二人きりの状況を作り出すことも容易に出来る。言っておくけど、最低限これくらいの野蛮さはないと永遠に恋人なんて出来ないわよ。優しい男がモテるなんてのは迷信でしかないんだから。郷に入っては郷に従うことね」


 俺は、当初から抱いていた疑問をぶつけた。


「なあ、どうしてそこまでしてお前は俺に彼女を作らせたいんだ?」


「勘違いしないでちょうだい。別に、あなたのためを思って動いているわけじゃない。それが、この部の活動に直結するからこうして時間を割いているの。もちろんあなたの人生を決める権利はあなただけにしかないわ。で、どうするの?」


 日々なんとなく生きている俺がその答えを出すのにそんなに時間はかからなかった。


「心中するつもりはないけど、この部に人生を委ねてみるのも面白いかもしれないな」


 もしかしたら俺は恋人との甘い一時よりも、人生でたった一度しか味わえない淡い青春時代の一幕に飢えていたのかもしれない。


「ただし、何を取引するかくらいは俺の独断で決めさせてもらうぞ」


「私に余計な口を挟まれたくないんだったら、三日月と二人で相談してくれて構わないわ」


「いいのかそれで?」


「ええ。言っても、ここから私に出来ることは何もないからね……」


 妙に寂しげな表情を浮かべる佐々木の顔が、やけに印象に残った。

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