第5話 お小遣い

 一夜明けて俺はまた常識にとらわれたつまらない子どもに戻っていた。

 

 確かに、あの時財布は常に俺の手元にあったわけで、一見種も仕掛けもないように思える。しかし、目からビームが出たわけではない。

 

 財布の中に一万円札をこっそり入れることくらい手品で出来る範囲内である。

 

 いたずらにしては手が込んでいることは否定出来ないけど、常識的に考えて、やはり昨日のあれは大掛かりな仕掛けのドッキリであったと結論付けるのが妥当のように思えた。おそらく、明日にでも種明かしが待っているのだろう。


 身も心も軽くなった俺は、さっそく今月のお小遣いをねだりに颯爽と台所へと向かい、目覚めの一杯にコーヒーを入れている母親に意気揚々と手を差し出した。


「今月の小遣いちょうだい」


「何を言ってるの、それなら昨日渡したじゃないの?」


「いや、もらってないけど」


「確かに渡したわ。母親の記憶力を舐めないでくれる。まだぼけちゃいなくてよ。頭も肌もまだ女子高生のように冴えに冴えまくってるんだから」


 俺は年々ひどくなる母親のシミを見ながら。


「それ、マジで言ってる?」


「騙そうたってそうは問屋が卸さなくってよ」


 頭をかく俺に向かって母親は言葉を継いだ。「そう言えば、あんた夢の中でもお小遣いをせがんできたわよ」


「え……」


「せこい男はモテないわよ。って、そんなの関係なくモテないか」


「おい、推測で物事を語っているじゃねえ!」


「あら、じゃあモテるの?」


 言葉に詰まる俺であった。


 

「おい、あの冨樫三日月って女はいったい何者なんだよ!」


 教室の中に入るや否や、俺はこのクラスで一番の美少女が座っている机に直行した。


 佐々木は授業中以外は常に文庫本を開いており、男子も女子も彼女の席に近づく者は誰一人いない。本革無地のブックカバーは彼女の堅苦しいイメージを表しているようだ。


 そんな彼女に俺が鬼気迫る表情で迫っているものだから、まだ、朝のホームルームが始まる十五分前で全員揃っていないとは言えど、完全に注目を浴びてしまっている。


 事情を知らない奴らは、俺が言い寄っているくらいに思っているかもしれないけど、昨日の今日で俺の興味は完全に冨樫三日月に移行していた。


 もちろんそれは胸の大きさなどが原因ではなく、あの得体のしれない能力が原因だ。もしかしたらあいつは人ならざるものではないかと若干恐怖を覚えていた。


 佐々木はゲテモノを見るかのような目で俺のことを見て、何事もなかったかのようにページを捲り、クールに答えた。


「別に、なんでもいいじゃない。ただ、彼女はこの部にとってなくてはならない存在ってだけ。ただ、それだけ」


「はぶらかすんじゃねえ。その口ぶりだとお前は彼女の正体について何か知っているようだな。この部の目的って言うのはなんなんだ?」


「然るべき時が来たら教えてあげるわ」


「然るべき時って何時のことだよ……」


 俺はその発言を受けて、彼女も何か取引しているのか気になった。俺と違い、この容姿だったら甘酸っぱい青春にも困ることはないはずだ。


 将来を犠牲にしてでも手に入れたいものっていったいなんだろう。よくよく考えてみると思い浮かばなかった。


 これは今一度検討してみる必要があるのかもしれない。

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