第4話 将来を犠牲にして、たった一度の青春に全てを捧げてみませんか?

 こんなところで話すのもなんだから言う冨樫の提案を呑み、俺たちは場所を変え、近所のファミレスに来ていた。向こうには全くその気はないだろうけど、可愛い女の子と制服デートまがいなことが出来るのなら異論などあろうはずがない。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。

 

 これぞ俺が追い求める青春のあるべき姿。思い切って部室の前まで来た甲斐があったというものである。とはいえ、学校でも指折りの美女たちと接点が持てるというただそれだけの理由で、この部に入るかどうかはまた別の話だけど。


 とにもかくにも、決めるのは佐々木の妙な自信の正体を確かめてからでも遅くはないだろう。


 俺は訊いた。


「佐々木飛鳥ってのはどういう女なんだ? 佐々木は何でこんなけったいな部を作ろうと思い至ったんだ?」


「おっ、君はアスカたんに興味があるの? 君は中々良い目を持ってるねー」


 彼女の言うように俺は佐々木のことが気になっていた。大前提として顔がタイプというのもあるけれど、口調と言い、夢で見た女の子にどことなく似ていたからだ。


 別にだからどうというわけではないけど、俺をけったいな部に導いたのも何か理由があるような含みのある言い方をしていたし。何か俺に隠していることがあるのは確かだと思う。しれっとした顔で冨樫が。


「誤解が生まれないように言っておくけど、この部を作ったのはアスカたんじゃないよ」


「あいつじゃない……! なら、お前が?」


「私は副部長兼マスコット役だと言ったばかりじゃないか。まあ、部長は幽霊だから、実質仕切っているのはアスカたんで間違いないけれど」


「なんじゃそりゃ……」


 これよりさらに上の変人がいると思うと、頭が痛くなってきた。


 変人の考えていることは俺たち凡人には到底理解できないので、俺は深く考えないことにした。


 ジンジャーエールで乾いたのどを潤して、俺は言った。


「にしてもお前、よく食うな……」


 学生にとってドリンクバーと軽食でひたすら粘るというのがファミレスの正しい使い道のような気もするが、彼女はお腹を満たすという目的でがっつり食べていた。


 ハンバーグにエビフライが二本ついたグリルセットに、なんこつのから揚げ、枝豆と、ここで夕食を済ませるつもりのようだ。


 冨樫は口の中に食べ物を含んだまま。「だって、ただ飯だもん!」


「ちょっと待て。何時俺が奢るなんて話に発展したんだよ!」


「デート代は男性が持つのが暗黙のルールってものじゃない」


「誰が決めたルールだそりゃ。男女平等を訴えるんだったら、男は女を楽しませてなんぼっていうそういう心構えからまず見直しやがれってんだい」


「弱りましたな。君が奢ってくれるとばかり踏んでいたから、手ぶらで来ちゃったよ」


「お前、確信犯だろ?」


 俺は、子供にプレゼントをねだられた父親のようにこっそり財布の中身を確認する。


「おい、どうすんだよ……? 俺今、手持ち小銭しかないぞ」


「まさに絶体絶命のピーンチ。あーどうしよう。こんな時クレジットカードでもあればクレジットカードでもあれば。だが、まだ学生の身分でそんなものは持っちゃいない。お年玉も全てゲーム代につぎ込んでしまった。あー早く大人になりたい。そこで私の登場だい」


 何を言い出すかと思いきや、突然、深夜にでもやっていそうな安いテレビショッピングのようなことを始め出した。さすがに付き合いきれないと、俺は諦めてズボンのポケットからスマホを取り出した。


 親を呼ぼうか迷っていると、


「ねえ、月のお小遣いいくら?」


 冨樫が能天気に聞いてきた。俺は渋々ながらも。「弁当代込みで一万円ってところかな。現実逃避してないで、お前も何か策を考えろ」


「何時貰えるとか決まってる?」


「だいたい、月初めだけど……」


「私の能力を使って、君がお小遣いもらえる日を今日にしてあげよう」


 冨樫はそう言って、ウインクしながら親指と中指で指パッチンした。


「財布の中を見てごらんなさい」


 マジシャンのように行動を指示してくる彼女のペースに乗せられて、俺は半信半疑で財布の中身を確認する。そこには身に覚えのない一万円札が入っていた。


 お店の中ということを忘れて、俺は声を張り上げていた。


「お前、いったいどんな手品を使ったんだ!」


「手品とはひどい言いようだね。魔法と言ってくれたまえ」


「一万円札をここに召喚したって言うのか?」


「正確に言うと、君が明日貰い受けるはずだったお小遣いのイベントを今日に早めたと言ったところかな」


「それって前に言ってた……?」


「そう、この部のコンセプトである、将来を犠牲にして、たった一度の青春に全てを捧げようってやつだ。この能力を使えば、未来で起こる出来事を現在に置き換えることが出来るってわけだ」


「お前、いったい何者だ……?」


「私の正体なんかよりも、この能力についての解説を聞いたほうが君のためになると思うけど。どうする、聞く? 聞かない?」


 俺は少し考えて。


「説明してくれ」


 冨樫は薄気味の悪い笑みを浮かべた。


「まず初めに、この能力はかなり実用性と応用性に長けてはいるけど、その分、リスクも高いと言っておかないといけないな。この取引の肝はあくまで等価交換ってところ。君は棚からぼたもちと儲けた気になっているかもしれないけど、それは大きな間違い。その一万円札は君が元々貰い受けるはずだった一万円札であり、私と取引したことで、その未来は完全に消滅したことになる。要するに、君は得をしたわけでも損をしたわけでもないってことだな」


 今を楽しむことに時間を費やすのか、それとも、どうなるかも分からない将来のために様々なものを犠牲にして生きるのか。


 それは人間にとって永遠の課題と言えるだろう。


 どちらが良いともどちらが正しいとも言えない。バランスが大事というのが真実で、初めから答えなど存在しない。一つ言えることは、選択権は他の誰でもない自分自身にあるということ。


 これはどうも、想像よりも奥深い能力のようだ。


 そして面白い。


 冨樫は言った。


「君は、サラリーマンが生涯で稼ぐお金は平均いくらだと言われているか知ってる?」


「ええっと……」


 いくらだっけ。「――約二億円と言われてる。その二億円もの大金を今ここに召喚することも出来る」


「なるほどな。つまり、俺が二億円を現物として手に入れたことがなくても、生涯で二億円を稼いだ事実さえあれば取引できるというわけだな?」


「その代わり、君が退職するまで君の給料明細は0が並ぶことになるけどね。ただし、ここで注意点!」


「俺がサラリーマンになる未来は変えられないと、こう言うんだろう」


「いいや、可能だよ。例えば君が二億もの生涯賃金を得て、もう働く必要はないと今この瞬間からニートになることも出来る」


「ほんとかそりゃ!」


 現金にも俺は一気にテンションが高まってしまうのだった。

 

 冨樫は続けた。


「ただし、おすすめはしない。この場合の二億は君が汗水たらして稼いだお金であり、これでは辻褄が合わなくなる。その代償として二億円分の不幸が必ずどこかで君に降りかかるという仕組みだからー」


「二億円の不幸が降りかかる。想像を絶するな……」


「お分かりいただけたかな?」


 俺は頭の中で話を整理する。


「等価交換、物理法則さえ守っていればなんでも出来るというわけだな。例えば道ばたで百円を拾ったという未来を、誰かに缶ジュースを奢ってもらったに書き換えるとか」


「そんなせこいことを言わず、生涯分の幸運を使えば、君を総理大臣にすることだって不可能ではないかもしれない」


「俺が総理大臣。んなバカな。無理に決まってるだろ」


「塵も積もればってやつだよ。この方法を使えば大抵の夢は叶えられる。ただし、君が総理大臣になった後の未来は保証しないけどねー」


 俺は佐々木に言われた台詞を思い出していた。「学園のアイドルの処女を引き渡すとか言ってたけど。あれは?」


「簡単さ。何時になるか分からない、誰になるかも分からない君の童貞喪失をうっぱらうんだよ。まあ、取引をした時点でその子との甘いひとときは失うことになるけれど。それでもいいというなら私は取引を惜しまないよ」

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