第3話 青春を謳歌し隊

 子どもの頃、高校生という生き物が随分大人に見えたものだ。俺には彼らが世の中の主役に見えた。可愛い彼女を連れ歩いていようといなかろうと、俺には彼らが誰よりも輝いて見えて、そこが人生の終着点に思えたほどである。

 

 俺もいつかはその一人になり、輝かしい未来が待っていると漠然とながら思っていた。

 

 誰もが自分を特別だと信じて疑わない。自分の人生なのだから当たり前だ。しかし、現実はそんなに甘くない。

 

 青春だとか、夢だとか、そんなものはフィクションであり、現実は大した感動もなくただ時間だけが無情にも過ぎ去っていく。そんなつまらない考えに浸るくらいには俺も大人に成長したということかもしれない。

 

 転校生という肩書きも、丸一日経ってしまえばほとんど効力を持たなくなるようで、今日も何事もなく一日が過ぎ去ろうとしていた。


 階段を下り、下足入れで学生靴を手に持ったところで俺はふと昨日の常軌を逸した台詞を思い出すのと同時に、奇妙な夢を思い出していた。


 俺も健全な男の子としてそう言う願望がないわけではない。いや、ここはいっそ正直にそう言う願望ばかりで埋めつくされていると言っておこう。


 手に持った学生靴を元の場所に戻すと、俺は、探索がてら旧校舎のB棟に向かった。そこはまるで、幽霊が出てもおかしくないくらいの閉鎖された空間だった。


 やっぱり帰ろうと踵を返したところで、「あー!」と見知らむ女子に指を指された。二つに束ねた巻き髪を揺らしながらこっちに近づいてくる。


「君は、噂が噂を読んだ有望な新入部員くん。初めまして、あっしは『青春を謳歌し隊』の副部長兼マスコット役を務めている冨樫三日月とがしみかづきと申しやす。気軽に下の名前で三日月ちゃんと呼んでくれていいよー」


 特別美人というわけではないけど、愛嬌のある顔立ちをしており、男ウケは悪くなさそうだ。特徴的な八重歯と大きく膨らんだ胸、これだけでどんな美女とも互角に渡り合っていけそうな可能性を秘めている。


 90cmは優に超えるであろう胸部に意識を全て持っていかれそうになるも、なんとか邪念を振り払い、彼女のノリに応えるように俺もおちゃらけた自己紹介をした。


「あっしは中邑修二なかむらしゅうじと申すものでありんす。上の名前でも下の名前でも気軽に読んでくれ」


 冨樫は胡散臭い商社マンのように、いやー、君のような逸材を前前前世から探し求めていたんだよと半ば強引に握手を交わしてきた。


「さあ、入った入った。さっそく入部の手続きをしようではないか」


「ちょっと、誰もまだ入るとは――」


「ようこそ、我が青春を謳歌し隊へ」


 強引に押し切られるような形で俺は部室に入った。


 中央に長机が二台と、椅子が五脚ほど。その周りを囲むように本棚が置かれており、掃除用具入れが寂しげに隅っこのほうに佇んでいた。


 他には目をつぶってここだけを見ると、至って普通の部室だけど、目に余るのは私物の多さである。


 パソコンに、テレビ。サボってここで昼寝でもするつもりなのか、ちゃっかり敷布団まで備え付けてあった。


 見なかったことにして、俺は訊いた。


「さっきから言ってる青春を謳歌したいとは?」


「お察しの通り、この部の名前だよ。そして、今日から君が身を置くことになる部の名前」


 名前の聞く限りでは、絶対に関わり合いたくない部だなと俺はここに来たことを軽く後悔しつつも。「普段どんな活動を?」


「将来を犠牲にして、たった一度の青春を目一杯味わおうってのがこの部のコンセプトであり、それが活動内容にも直結しているとでも言えばいいかな」


「説明が抽象的すぎて、方向性がまったく見えないんだけど……」


「まあ、詳しいことは身を持って体験すれば分かるってやつだね。お楽しみは後ほど」


「部員は?」


「君を含めて四人。これにて店員オーバー」


「正式な部ではないってわけだ」


 だいたいどこの学校も五人以上から正式な部として公認される。それになりより、こんないかれた部が認められるのは漫画やアニメの世界だけの話だ。


 問題点を指摘したにも関わらず、彼女はゲラゲラと笑い始めた。「こんな部が正式に認められるわけがないじゃないか。おかしなことを言うな、君は」


 あまりの清々しい自虐っぷりに、俺も思わず苦笑いを浮かべる。


「それなら、俺が入っても入らなくても大して変わらないんじゃ」


「だめだめ。君がこの部に入るのは運命であり、確定事項だから」


 勝手に運命共同体扱いされても困るんだけど。


「とにかく、そろそろアスカたんが来る頃だから、大人しく君は己の運命に身を委ねてればいいのだ」


「アスカたんっていうのは?」


「あれ? アスカたん直々のオファーを受けて、君はここに来たんじゃないの?」


「ああ、あいつのことか……」


 転校二日目ということもあってクラスの中心人物の苗字はぼちぼち覚えてきたけど、さすがにフルネームまではまだ覚えていない。


 あくまでここに来たのは俺の意思によるもの。俺はここに導いた張本人が来るのを大人しく待つことにした。


 しばらく革命だらけの大富豪を二人で楽しむ。残り手札三枚で、俺は2と8のカードを残してある状態に己の勝ちを確信していると、部室の扉が開き、佐々木飛鳥ささきあすかがようやく姿を現した。


 待ってましたと冨樫は自分の手札をばらまき、無効試合にした。


 納得いかないんだけどと抗議の視線を送るも、まったく目を合わせてくれないので、俺は諦めて静かに片づけを始めた。


 佐々木は俺の存在に気づくや否や。


「あら、来たのね?」


「まあ、一応な……」


「ふーん……」


 何故か軽蔑の視線を投げられた。佐々木は俺の存在を否定するかのように無視して、冨樫の隣に座った。冨樫が尋ねる。


「最後にもう一度だけ聞くけれど、本当にこれでいいんだね? 後で後悔しても私は一切責任を取らないよ」


「余計なお世話ね。言ったでしょ、私はこの部と心中するつもりだって。いいからやってちょうだい。結果としてあなたに不利益なことは何一つないはずよ」


 佐々木は意味深なことを言って、舞台は整ったと言わんばかりに俺の顔を見据えた。


「それで、あんたはどうしたいの?」


「はい?」


「あなたなりに何か思うところがあってここに来たんでしょ」


「お前、DQNなヤリチンに可愛い子の処女を奪られるのが我慢ならないって言ったな?」


「言った、何か間違ってたかしら?」


「いいや。なにも間違っちゃいない。目から鱗が落ちるくらい正しい意見だ。だがな、お前は一つとんでもない勘違いをしている」


「何よ?」


「いいか、男はな、もれなく全員エッチな願望を心に秘めて日々生きているんだよ。好きだから付き合う、やりたいから付き合う、そんなことはどうだっていいんだよ! 要は男は皆女に欲情する生き物だってことだ。それは女だって例外ではない。恋だの愛だの聞こえの良い言葉で丸め込もうとしたって無駄だ。人は見た目や身体の情報があって初めて思慕の念を抱くことが出来る生き物なんだよ。大事なことは自分自身の身体に付加価値を生み出すことが出来るかどうかってことだ」


「付加価値とな?」


 と冨樫が訊いてくる。


「DQNなヤリチンに可愛い子の処女が奪られるのが我慢ならないと言うけどな、俺に言わせれば、それに引っ掛かる女で埋め尽くされているこの世の中が問題なんだ。女性に一番必要なものは顔でもなければ、胸でもない、貞操観念だ。処女はな、男の、いや、国の重要文化財なんだよ!」


 一般常識のように俺がそう言い切ると、止まったまま動かない時計の針を無理やり動かすかのように、ぷははと冨樫が笑った。


「いや、君最高。さすがはアスカたんが惚れ込んだ男だけのことはある」


 これに対して、佐々木は対照的な反応を見せた。


「ただの腐れきった処女厨じゃない……」


「何とでも言いやがれ。ただし、俺をここに導いたのはお前自身だ。自分が言った言葉にはちゃんと責任を持ってもらうぞ」


「あれは活動の一環として言っただけで、私の意思ではないのだけど」


 はあ……、と佐々木はため息をついて。「まあ、いいわ。あなたの望みは叶えてあげる。この冨樫三日月がね」


「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」


 とてもじゃないが彼女の良く分からないテンションにはついていけそうにないので、俺は佐々木に計画性について尋ねてみた。


「その、藤林香織って女の子を紹介してくれるのか?」


「詳しいことは彼女に聞けば分かるわ。とにかく、この部は彼女の存在が絶対だから。機嫌を損なわないことね」


「逆らったら後が怖いぞ」


 冨樫は含みのある笑顔でそう言った。


「じゃあ、あとのことは三日月、あなたに任せたから。首尾よくお願いね」


「がってんしょうちのすけ」


「おい! ちょっと待てよ」


 相変わらず、言いたいことだけ言って用は済んだとばかりに立ち去ろうとする佐々木の肩を俺は強引に掴んだ。


 顔面偏差値を見定めるように観察してくる佐々木とにらめっこするような形になる。至近距離で見ると自分の目を疑いたくなるほどの美人だった。


 さらに、これ以上がいるだなんて俺には信じられなかった。


 不覚にも見惚れてしまう俺とは違い、佐々木は何か言いたげに深いため息をつき、俺の手をゆっくり払った。


「あなたは調子に乗って将来を犠牲にしすぎないことね……。まあ、私が言っても説得力がないかもしれないけど」

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