第7話  サクラソウ寮生の伝説がまた一つ

 在自高校の敷地を出て、茨目と麓に向けて歩き出す。


「肌寒いな」

「ここ最近にしては温かいですけどね」


 三月の気温としては温かい方ではあるが、元々山の上に位置しているためコートがないと寒さを感じる。吐く息は白く濁らないから、歩いている内に気にならなくなるだろう。


「サクラソウでの生活は慣れたか?」

「えぇ。外国語はまだまだですけど」


 茨目はもともと勉強ができる方らしく、外国語の履修も順調に進んでいる。この調子なら夏ごろには主戦力になるだろうとの話だった。


「由岐中ちゃんとはうまくやれてるっぽいな?」

「距離が近い人なので振り回されがちですけどね。戸枯先輩が卒寮したら、B世界を観測できる人を加えて閉鎖環形? とかいうのを作るらしいです」

「たぶん、七掛が加わることになりそうだな」


 先輩たちが卒寮したら、遍在者の義務に関する指揮は七掛が執る。

 いま、七掛は俺と二人で閉鎖環形だが、今進めているAC世界間通信ケーブルが完成すれば、俺は七掛を観測できなくなる。


「口数は少ないけど、七掛は頼りになるぞ」


 一応売り込んでおく。

 もしも新しく寮生が入ってきて、その子がB―C遍在なら茨目と由岐中ちゃんを両方観測できるため、その三人で組ませた方がいいんだけど。

 まぁ、今はどうなるか分からないしな。


「あ、あの、榎舟先輩」

「うん? どうした?」


 何か改まって緊張したような様子で、茨目が質問してくる。


「七掛先輩との関係ってどうなんです?」

「なんだ、その質問」

「いや、あの、付き合ったりしてるのかなぁって」


 妙な質問だ。


「茨目ってそういうこと気にしたり、ましてや本人に直接質問するタイプじゃないよな。誰に頼まれた?」


 背後関係を洗い出そうとすると、茨目の目が泳いだ。

 この反応、図星だな。


「となると、笠鳥先輩あたりが怪しいな。次点で戸枯先輩。……なんだ、両方かよ」

「榎舟先輩、読心術でも会得してるんですか!?」

「目線に出すぎだし、肩が跳ねたし、俺じゃなくても丸わかりだって」


 それにしても、先輩たちか。納得だ。

 春休みに入る少し前から通信ケーブルを製作するために一緒に過ごす時間が多いけれど、七掛と必要以上に絡ませようとしたり、二人きりにしようとする流れが多かった。

 俺は下り坂の先にある緩いカーブを眺めて口を開く。


「七掛との関係ね。先に確認しておくけど、俺の出生がA世界、七掛の出生がB世界なのは知ってる?」

「はい。知ってます」

「仮に彼氏彼女の関係になったとして、確実に一般人になる俺たちが幸せになる未来があると思うか?」

「それは……」


 気落ちしそうな茨目の背中を強めに叩く。


「気にすんな。通信ケーブルが出来て、A、B、C、D世界での通信が可能になってもどうしようもないことがあるってだけだ」


 ネリネ会が実現しても、触れることはできない。七掛はそう言った。

 触れたい相手がいるのだ。その相手は、自惚れでなければ――。


「まぁ、トリプルで無くなる前に着地点は見つけるつもりだよ」

「着地点なんてあるんですか?」

「用意はしてる。七掛がどうするかまではわからないけどな」


 茨目が興味津々に俺を見る。

 俺は苦笑して、肩をすくめた。


「これ以上を聞くのは野暮だぞ?」

「す、すみません。つい、気になって」


 気持ちは分かるけどね。

 今度のVRデートで色々と話すつもりだから、その結果次第では相談することもあるだろう。

 一人では答えを出せなくとも、意見を聞いて参考にすれば見えてくるものがあったりもする。

 坂道を下り終えてバス停に到着すると、すぐに自転車がやってきた。


「茨目! 遅くなってすまん」


 自転車を漕いできていたバイトらしき青年が開口一番に謝ってくる。

 知り合いというか、クラスメイトらしい。

 茨目が自転車青年を紹介してくれた。


「クラスメイトで、春休みからバイトを始めたそうです。店の事も彼に教えてもらいました」

「へぇ。こんにちは。茨目がお世話になってます。この子、迷惑かけてない? 根はしっかりしたいい子なんだけど、こっちに来て日が浅いからお兄さんは心配でね」

「榎舟先輩、初対面の相手に言う冗談じゃないです」

「心配してるのはマジだよ?」


 ちゃんと友達出来てる?

 親御さんも心配しているらしいから、俺も目を光らせておこうかと。

 自転車青年は爽やかに笑いながらケーキが入った白い箱を差し出してくる。

 俺が財布から代金を取り出していると、自転車青年は何かに気付いたように俺の顔をまじまじと見つめた。


「あれ、もしかして、サクラ荘ライブのベースの人!?」

「サクラ荘ライブ?」


 文化祭の時にいなかった茨目が俺を見てくる。


「そういえばなんか噂になってましたね。文化祭の時に盛り上がったとかって」

「そっか、茨目はあの時にいなかったのか。この人、文化祭の時にサクラ荘の庭で一人でベース演奏したんだよ。他のバンドメンバーと音声通信で音合わせてライブして」


 うわぁ、恥ずかしい。

 そうだよね。C世界の人から見ると一人でベース弾いてたようにしか見えないもんね。分かっていたけどさ!

 ケーキの代金を渡してさっさとサクラ荘に帰ろう。

 おつりが出ないように小銭も含めて渡すと、自転車青年は金額を数えながら口を開く。


「先輩、めっちゃかっこよかったですよ。しばらくは二年の教室で先輩の事を探す生徒が出てたくらいです。在自の生徒じゃないんですね?」

「サクラソウに住んでいるだけだよ」


 俺はC世界の校舎に通ってないからね。


「ギターの招田先輩は有名でしたけど、ベーシストまでいるとは。なんで招田先輩と一緒に演奏しなかったんですか?」

「音楽バトルしてたんだ」


 嘘である。

 バトっても勝負にならないしな。向こうはプロだ。

 ケーキの支払いを済ませて自転車青年がバイト先のケーキ屋に帰っていく。

 俺はケーキの入った箱を茨目に持ってもらってサクラソウへの道を歩き出した。

 隣に並んだ茨目が尋ねてくる。


「文化祭で一人で演奏したんですか?」

「笠鳥先輩がギター、戸枯先輩がドラムでバンド演奏したんだよ。C世界からだと俺しか見えないけどな」

「そういう事情ですか」

「バンドに興味があるのか?」

「喫茶店でいろいろ流していたもので、そこそこ詳しいです」

「おこた蜜柑P」

「ネットで有名な人ですよね。高校生って噂がありますけど」

「サクラソウのOBだよ。文化祭の少し前に一般人になった。茨目の先輩だな」

「……本当ですか?」

「俺って嘘つきのイメージある?」


 そんな雑談を繰り広げながらサクラソウに帰ってくると、七掛が待っていた。


「おかえりなさい」

「ただいま。例のマップが出来たから明日いいか?」

「……分かった」


 こくりと頷いた七掛は流れるような動きで俺の部屋につま先を向けたが、茨目の手元を見てケーキを持っていることに気付いたらしく動きを止めた。


「茨目君、これからどうする?」

「えっと、このケーキを冷蔵庫に入れたらチョコの固まり具合をみて、笠鳥先輩たちに合流するつもりです」


 茨目の答えを聞いて、七掛が回れ右して女子陣地へ向かう。

 俺は七掛の背中に声をかけた。


「何か用事があって俺たちを持ってたんじゃないのか?」

「……待っていたのはあなただけ」

「つまり用事があると?」

「……チョコ、期待している」


 会話がつながっていない。何か誤魔化している?


「もしかして、俺がサクラソウに居ないように見えたから、ダブルになったと思って焦ったとか?」

「……チョコ、楽しみにしている」


 七掛はそれだけ言って逃げて行った。


「榎舟先輩、七掛先輩にチョコを渡すんですか?」

「バレンタインデーに個人的にもらったからお返しにな。でも、明日にしておくわ」

「え、なんでですか?」

「ヤキモキさせてからの方がいい反応しそうじゃん」

「……先輩、S気ありますね」


 似たようなことを三依先輩に言われたことを思い出す。

 まぁ、どんな反応するにせよ、独り占めしたいと思ったのが本音なんだけど。


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