第142話 お互いの秘密

—1—


「自分なりに答えを見つけたようだな正隆」


 横たわる千炎寺の体を仰向けに寝かせ、優しく声を掛ける正嗣。

 これまで心を鬼にして実の息子を突き放してきたが、成長した姿を目の当たりにして思わず頬が緩む。


 異能力の精度を高めるには大人になってからでは遅い。

 中には例外も存在するが、大半は15歳〜20歳までの5年間が異能力の成長期と言われている。


 歳を重ねてしまうと体力や運動神経が衰え、エネルギー量も低下するため、急激に成長するなんてことはほとんどない。


 刀に興味を持ち、強くありたいとする千炎寺に対して強く当たっていたのはこれらが主な理由として挙げられる。


 物体生成と炎という恵まれた異能力を持ちながら刀ばかりに気を取られていては宝の持ち腐れというもの。


 異能力を極め、刀捌きを磨き、この2つを掛け合わせたときに初めて達人の域に到達する。


 かつて空間の異能力を極め、刀で世界一の称号を手にした正嗣だからこそ頂に立つまでの明確なビジョンが見えている。


「殺気だけでボクをこの場に留めますか」


 この場を去ろうとしていた無名が最大限の注意を払って正嗣に向き合う。

 正嗣に背を向けたら一瞬で撃たれる。それがわからない無名ではない。


「人間の真似事をしているにしてもお粗末だな、無名ななし」


 腕の傷。拳の火傷の跡。

 皮膚が焼け爛れ、骨が見えているにもかかわらず涼しい顔をしている無名に正嗣はそう指摘する。

 そもそも生身の身体で『紅炎武装プロミネンスアーム』と互角に張り合うこと自体異常なのだ。


「あなたこそスパイの真似事ですか? 反異能力者ギルド・ゼロのさん」


「お互い手の内は知られているということか。それならば小細工は不要。透明化の異能力、それはお前の異能力ではないはずだ。本来の持ち主に返したらどうだ?」


「何を勘違いしているのかわかりませんがこの能力はボクが生まれてから備わっていたモノで間違いありませんよ」


 原初の刀・火之迦具土ヒノカグヅチの先端を向ける正嗣に対し、無名もビームソードとレーザー銃を展開する。


 世界最強の称号を持つ正嗣と1体1でやり合うという状況下において、有効な攻撃手段は未だ解明されていない。


 いくら距離を取ろうが空間ごと削り取られるため、その行動自体に意味を成さない。

 近接戦闘では正嗣の絶対領域である居合いの間合いに入ったが最後、火之迦具土ヒノカグヅチの餌食となる。


 先日の火野との戦闘では、火野の成長を肌で感じたいという意味合いから斬り合っていたが仕留めようと思えばいつでも仕留めることができた。


 あくまでも教師として生徒の成長を確認する。

 今回の集団序列戦で教師に求められていることはそれに尽きる。


 しかし、特別講師として就任した正嗣には他の教師が目にしているモノとは異なる世界が見えていた。

 それはとある秘密を抱える無名も同じ。


 秘密を抱える者同士の戦いの火蓋が切って落とされた。


「ッ!」


 世界最強の相手に対して回りくどい攻撃は逆効果にしかならない。

 無名は初撃から全力を出すことを決める。


 ビームソードの刀身を伸ばし、周囲の木々を次々と切り倒す。

 そして倒れる大木の隙間を通すようにレーザー銃を放つ。

 まるで針の穴を通すかのような正確性。

 それと合わせて目に見えない銃弾も細かく連射する。


 無名の異能力は透明化。

 自分自身、触れている物、触れている物の延長上にある物、触れていない物。

 自身から離れるほど制限が掛かるが応用がかなり効く万能な能力だ。


 千炎寺の『炎拳打破フレイミングブレイク』が見えない大木に阻まれた理由がここにある。

 無名のレーザー銃の先が大木に触れていたため、大木が透明化。

 千炎寺の目には無名がレーザー銃を構えているようにしか見えなかったのだ。


 その一部始終を見ていた正嗣が見えない銃弾を警戒しないはずがない。

 深く息を吐き、刀を正眼に構えたまま神経を研ぎ澄ませる。

 脳内で自身を中心に球体上のバリアを張っているイメージを作る。

 精神を集中させてバリアを拡大していく。


 これが正嗣の絶対領域。

 球体に侵入したあらゆる物体を火之迦具土ヒノカグヅチで斬り払う。

 倒れ行く大木に対して刀を振り上げれば炎の渦が天に昇り、レーザー銃に対しては縦に振り下ろして相殺する。

 見えないレーザー銃に対しても同様。


 正嗣にとってそれが見えていようがいまいが関係ない。

 目に見えていなくてもそこに存在しているのであれば質量、大きさに拘らず認識することができる。


 炭と化した大木が地面を横たわり、2人を隔てる障害物となる。

 無名は正嗣の死角からレーザー銃を放つ。

 大木を貫通させ、その先にいる正嗣を狙うが火之迦具土ヒノカグヅチで容易く弾かれてしまう。


 それならばと地面に這いつくばりレーザー銃にエネルギーを注ぎ込んで溜めを作る。


「いつまでも付き合う気は無いぞ」


 正嗣は一時的に攻撃の手が止んだと見ると、火之迦具土ヒノカグヅチを真横に構えた。

 刀身から炎が溢れた瞬間、目にも留まらぬ速さで横に薙ぐ。


炎帝裂波エンペラーフレア


 全てを焼き払う爆炎の波が周囲を飲み込む。

 炭と化していた大木は跡形も無くなり、触れたもの全てを問答無用で無に還す。


 一瞬にして視界が赤に染まった無名は、最大出力を待たずしてレーザー銃の引き金を引いた。

 いや、引かざるを得なかった。


 すぐにビームソードを構え、炎の波に対して全力で振り下ろす。

 レーザーはあっという間に波に飲まれてしまったが、それでも多少は押し返すことに成功した。

 とはいえ、ほんの気持ち程度のものだが。


「ぐッッ!!」


 尋常じゃない衝撃がビームソードから両腕に伝わる。

 衝撃に耐えようとするビームソードが小刻みに震え、無名の手から離れようとする。

 ビームソードが手から離れたら最後。


 無名は骨が剥き出しになっていることなど忘れ、必死に食らいつく。


 教師だから生徒を殺すはずがない?


 正嗣がこの技を使用している以上、その保証はどこにもない。

 とにかくビームソードを手離したら色々な意味で終わる。


「かはっ……」


 渾身の力で炎の波を縦に斬り裂いた無名。

 2人を隔てていた障害物は全て取り除かれ、目の前には居合いの構えに入った正嗣ただ1人。


 次の瞬間、正嗣が目の前に瞬間移動していた。

 無論、移動したのではない。

 正嗣が異能力で余分な空間を削り取ったのだ。


 正嗣の放つ圧から命の危険を感じた無名は反射的にビームソードを振るう。

 が、ビームソードは空を切る。


 正嗣が削り取った空間を元に戻したのだ。

 そして、再び空間を削り取る。


「覚えておくといい。これが世界だ」


 鞘に収めていた刀に手を掛け、僅かに息を吐く。


「炎帝一閃」


 無名の校章が宙に舞い、炎の柱が空に駆け抜けた。


【◯特別ルール】END

NEXT→【○陣内の刺客】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る